村上春樹による翻訳書がまた出た。カーソン・マッカラーズの名作『心は孤独な狩人』(新潮社)の新訳を8月に出したばかりだというのに。今度はベストセラー作家、ジョン・グリシャムのミステリー、『「グレート・ギャツビー」を追え』である。

 フィッツジェラルドの直筆原稿が大学図書館から強奪される。原稿の行方を追う保険会社は、持ち込み先としてある書店に目星をつける。書店主の動向をうかがうべく、スランプに悩む女性作家が送り込まれる。はたして原稿は見つかるのか……というお話。

 リーガル・サスペンス(法廷もの)で知られるグリシャムだが、今作に法曹関係者はほとんど出てこない。そのかわり、アメリカの書店や出版界の事情がたっぷり出てくる。同じように本を扱っていても、日本とアメリカではこんなにも違うのかと驚く。

 悪役なのだけど、書店主のケーブルが魅力的だ。書物に魅せられ、独力で小さな殿堂とでもいうべき書店をつくる。新刊書も古本も扱うが、初版本を中心とした稀覯本のコレクションはマニア垂涎のもの。作家のサイン会&トークイベントにも積極的で、作家同士の交流にも力を貸す。一日中本を読んでいて、新人作家や凡作・駄作にも目を配る。まさに書店人の鑑のような男だ。ただし、下半身のだらしなさや、欲しい稀覯本のためなら法を犯してでも、というのはいただけないけど。

 主人公のスランプ作家が、サイン会で凹んだエピソードが笑える。来客があまりにも少なかったのだ。以来、彼女はサイン会恐怖症に。じつはぼくも、ある図書館での講演会にお客さんが6人だったことがある。

週刊朝日  2020年11月27日号