YMOがデビューした1978年、ぼくは20歳だった。一生でいちばん美しい年齢だったなんて、思ってもいないけど。でも、あのころ経験した音楽や映画や本が、その後のぼくに大きな影響を与えたのは確かだ。藤井丈司『YMOのONGAKU』の読者には、同じような思いの人びとが少なからずいると思う。

 著者はYMOのレコーディング・スタッフだった音楽プロデューサー。6枚のスタジオ・アルバムがどのように作られたのか、当時の記録や証言をもとに明らかにしていく。デジタル技術の黎明期、テクノ・ポップをつくることがいかに困難だったか! 当時の社会や音楽の状況が、たくさんの固有名詞とともに語られている。その一つ一つが懐かしく、40年前のことが鮮やかに(あるいはおぼろげに)浮かび上がってくる。

 デビュー1枚目と2枚目のアルバムで、YMOは世界的な成功を手にした。だがそれは彼らを深く傷つけたという。

<素晴らしい三人のミュージシャンの集団だったYMOは、ひと組のアイドルとして扱われ、三人はそのアイドルであるYMOの三分の一ずつとして扱われた。それは音楽家であるそれぞれの自我を粉々に粉砕したのだ>と著者は書く。

 彼らは若かった。やがてその傷を乗り越え、偉大な音楽家として更に成長していった。

 ところで、ストリーミングの時代になって、音楽書の読み方が変わったことを痛感した。かつてなら、知らない曲や音楽家については、音を想像しながら読むしかなかった。今回ぼくはストリーミングでたくさんの音楽を次々と聴きながら読んだ。美しい20代をやり直している気分だ。

週刊朝日  2019年5月24日号

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