作家、コラムニスト/ブレイディみかこ
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 英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。

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 左派が格差拡大の話を始めると、「下側から立ち上がれ!」となるのが従来のパターンだった。が、英国では、上から立ち上がる人々が出てきた。「自分たちからもっと税金を取れ!」と声を上げる富豪たちの運動が立ち上がっているのだ。

 2カ月ほど前、ロンドンの中心部を歩いていると、選挙運動に使われるようなバスが走っていて、「我々の国は、週4億6千万ポンド(約880億円)の富裕税を取り逃がしている。財政支出削減をやめろ。我々の富に税金をかけろ」というスローガンが車体全体に書かれていた。「Patriotic Millionaires(国を愛する富豪たち)」という団体名もその脇に記されている。彼らは、その日、国会で発表されていた福祉予算削減計画に抗議していたらしい。

 後で知ったのだが、バスに乗っていた富豪たちの中には、ミュージシャンのブライアン・イーノもいたのだという。

「僕のように裕福な人々で、今よりもっと自分のお金を分け合っても構わないと思う人はたくさんいる」「富のフィードバックループがあるのは明らかで、あなたが少しリッチになると、もっとリッチになる可能性は高い。貧困ではそれが逆向きに作用する」とイーノは地方紙のインタビューで話していた。

 こうした動きから出てきた新たなスター論客が、エコノミストのギャリー・スティーヴンソンだ。労働者階級出身で、シティバンクのトップトレーダーとなり、自ら億万長者になった彼も、「Tax the rich(富裕層に税金を)」を連呼する。彼のYouTubeチャンネルは登録者130万人を超え、自伝もベストセラーになり、テレビ出演も増えた。

「経済格差」「階級」ベースの左派の盛り上がりは10年ほど前にもあった。英国のサンダースと言われた、ジェレミー・コービンが労働党党首に選ばれた頃だ。が、今回の動きが違うのは、労働者や若者や活動家ではなく、彼らから敵視されがちな富豪たちが、経済格差を何とかしないと国が沈む、もっと税金を払いたい、と声を上げている点だ。労働者も若者もどんどん貧しくなり、政府も財政難を叫ぶ時代に、元気と余裕があるのはもうその層だけなのかもしれないが。

AERA 2025年5月19日号

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