ダロン・アセモグル氏ら3人の研究者が今年のノーベル経済学賞を受賞した。ポピュリズムのさらなる台頭、災害、AIの利用で世界はどう変わるのか。アセモグル氏が民主主義と経済の関係について語った。朝日新書『民主主義の危機』から。
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民主主義の暗黒時代
国家権力と社会の力の関係について見ていきましょう。歴史家のニーアル・ファーガソン氏は自著の中で、格差を生むのは帝国主義でも地理的要因でも国民性でもなく、私とジェイムズ・A・ロビンソン氏が言及している「制度と規範」にあると主張しています。そもそも「規範」とはどのように人々をまとめ、「制度」を維持するのに役立つものなのでしょうか。
制度と規範は分離できないものです。ある意味で、我々が今、アメリカで目の当たりにしているのは、民主主義の深刻な弱体化です。政治家が積極的に噓をつき、自分たちにとって邪魔となるであろう制度を骨抜きにしようとする行動と結びついています。実際に複数の制度が覆されています。
ドナルド・トランプを例として挙げるのは簡単です。トランプこそ、制度転覆の真犯人です。しかし私は、共和党と民主党の双方がアメリカの民主主義システムの制度上の健全さをむしばんでいると思います。
同じことは他の多くの国でも見られます。ですから今は民主主義の暗黒時代といえます。民主主義はいろいろなチャレンジに耐えて生き延びる強さを持っていると思いますが、今は民主主義にとって危険な時期です。
厳密に言えば、民主主義という言葉を簡単に使うべきではないのかもしれません。「すべての人が参加できる政治制度」(inclusive political institutions)という言葉のほうが、「民主主義」という言葉よりも適切な言葉だと思います。
民主主義は参加する人の価値観を育てる政治システムにとって必要条件ですが、十分条件ではありません。多くの国にとって、自国の体制は民主主義的だと言います。選挙も実際に行われています。しかしそれだけでは十分ではありません。
競争のない状況で選挙が行われると、特定の有名人が政治を支配して、健全な市民社会はできません。さきほど「今は民主主義が危険な時期である」と言いましたが、人々は民主主義について懐疑的になっています。実際、多くの批判的な声があります。