2022年9月27日、安倍晋三元首相の国葬の日。賛成4割、反対6割の世論のなか実施された国葬を日本国民はどう見たのか? あの国葬はいったいなんだったのか? 「なぜ君は総理大臣になれないのか」「香川1区」の大島新監督が全国10カ所でカメラを回し、人々の姿を記録したドキュメンタリー「国葬の日」。大島新監督に見どころを聞いた。
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国葬を題材に何かできないかな、とは考えていました。ひとつには旧統一教会と自民党との関係が報道された後、反対派が増えた現象に違和感を持ったこと。選挙での「弔い合戦」という空気もですが、なぜ日本人はこんなにも情緒的である方向にバン!と振れるのかと。
「なぜ君」「香川1区」を経て、自分の興味が政治家から有権者へと移っていたこともあります。選挙に行かない人や政治に興味がない人の存在が政治に大きな影響を与えていると知った。そんな日本人の実相のようなものをカメラで捉えられないか。それには国葬の日がちょうどいい。全国10カ所にカメラを出し、スケッチのように一日を描こうと思いつきました。撮影スタッフにも自分の思想信条とは別に、その日にそこで起きている「日常」と「声」を撮ってきてくださいとお願いしました。
しかし集まってきた素材を見て、正直困惑しました。「今日が国葬だといま知った」という若者や「政治のことって関心があるようでない」と言葉を濁す女性。特に奈良のタクシー運転手さんがいう「デモをやっても、もう遅いでしょう。国が決めたことなんやから」が象徴的でした。民主主義といいつつマインド面では「お上主義」で個が弱く、同調圧力でみんなの顔色をうかがっている。そんな日本の実情が現れた。賛成・反対の公平性を意識したわけでもなく撮影した素材の7、8割を使っています。
困惑しましたが、でもだからこそ意味のある作品になったとも思います。私を含め、どちらかというとリベラル派の人たちの言葉がまったく届いてない現実が見えたからです。ではどうすればいいか。難しいですが「これがいまの日本だ」というひとつのサンプルとして、ここから考えることもできるかなと思っています。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2023年9月11日号