思えば、父と姉と私の3人で定期的に食卓を囲むようになったのは母が亡くなってからのことだ。父は元々「会社人間」の「亭主関白」で(いずれも今は死語ですね……)、子どものことなどさしたる関心もなかったろうし、私たち姉妹にも父は遠い存在だった。つまりは我らは年齢を重ねて初めて本格的に対話しているわけで、それゆえ当然多少の衝突も起きるのである。
でも穏やかな衝突である。まあ仕方ないねという感じ。父も「ゴメンね」とか「そりゃそうだ」とか、意見の違う相手に譲歩する言葉を口にすることが増えた。こうして、老いゆく親子3人の会話は、取り留めなく、しかし平和に進んでいく。これでいいのだきっと。1年半後には私も還暦です。
◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2023年8月14-21日合併号