ちなみに、「団長が死ぬかもしれない」っていうような最悪なケースが頭をよぎったのは、実は、今回で2度目。

 1度目は、今から7年前。山形県で開催されたトライアスロンの大会に、団長が出場した時だった。団長は、競技中に、激しく転倒してしまって、頭を強打。その後、意識不明に。そのままドクターヘリで緊急搬送されちゃったんだよね。ボクは、別の現場でその知らせを聞いたんだけど、マネージャーと一緒に、ぼうぜんとしたのを覚えている。「え?あの元気な団長が? うそでしょ……」ってね。

 ドクターヘリで運ばれている時の写真も見せてもらったんだけど、首が固定されていて、顔面も傷だらけ。「この傷消えるの?」っていう、レベルだった。最悪のケースが何度も頭をよぎって、かなりしんどかったのを覚えている。

 今回のドッキリは、その1度目のキツイ体験を思い出しちゃって、余計に涙が止まらなかったっていうのもある。マネージャーからの電話も、団長がどこかに頭をぶつけたとかじゃなく、「急に倒れた……」っていう話だったし、もしかしたら、あのトライアスロンの時のダメージが完全に回復していなかったのかもしれない、とかっていろいろ考えちゃったんだよね。

 今回のことで、改めて思うのは、やっぱり、「自分にとって大切な存在には、普段から後悔しないように接しておかなきゃいけない」ってことだね。何か起きてしまった後で、「あの時、こうしておけばよかった」って思っても、もう遅い。そんなことは頭では理解しているんだけど、ついついおろそかになっちゃうから、こうやって再確認できたことはよかった。

 ボクにとって、団長はもう親父みたいなもの。安田大サーカスを結成した時、何もお笑いのことが分かっていなかったHIROくんとボクを引っ張ってくれたのは、間違いなく団長だった。

 いま、振り返ると、あの頃の団長は、めちゃくちゃ大変だったと思う。当時は、ネタ番組のために、毎週新ネタを作らなきゃいけない状況だったからね。当然、ボクとHIROくんはネタなんて作れないから、ほとんどの負担が団長にかかっていたんだよね。ネタを作った後の練習だって、深夜になることも当たり前だったし、ボクとHIROくんにボケを仕込むのだって決して簡単じゃなかったはず。

 何度もいうけど、ボクら二人はお笑いの知識がまったくないわけだから、ネタの流れだって、すぐには覚えられない。だから、ひどい時は、セリフをいうタイミングを、団長がボクらの背中をそっと押して合図してくれていた時もあった(笑)。今思うと、そんな状態で、よくやっていたよね。

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