経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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「国難突破解散」なのだそうだ。安倍首相が、9月25日の記者会見でそう言った。いみじくも、おっしゃる通りだ。安倍政権という名の国難を我々が突破するための解散である。
さすがに、ツイッターなどでも「お前が国難」の指摘が溢れかえっているらしい。この国難を突破して、早くまともな民主主義とまともな経済政策の世界に帰り着きたいものである。
「誰かが選挙に勝利するのは、人々が誰かを当選させたいからじゃない。人々が誰かを当選させたくないからだ」。諧謔心旺盛なアメリカのジャーナリスト、フランクリン・P・アダムズ(1881~1960)の言葉だ。この際はこれも悪くないかもしれない。思えば、フランスの大統領選でエマニュエル・マクロン氏が当選したのが、まさにこの力学の結果であった。フランスの多くの有権者たちは、特段、マクロン氏を当選させたいと考えていたわけではない。右翼排外主義政党、国民戦線のマリーヌ・ルペン党首を当選させたくなかっただけである。
ただ、日本の場合、問題は野党側の状況だ。ここに来て、「希望の党」なるものが出現してきた。この得体の知れない集団が勢力を得るとなると、そこに次の国難あり、かもしれない。どうもそういう気配を感じてしまう。一難去ってまた一難か。
次の災難を逃れるために、我々は一体どんな評価基準をもって投票に臨んだものか。ここでも、先人の言葉にヒントを求めてみよう。偉大な俳優オーソン・ウェルズ(1915~85)いわく、「人気を基準に選挙で政治家を選んではいけない。人気者が当選するということなら、ドナルド・ダックやマペットが上院議員になっている」。選挙は、決して人気投票じゃない。いまや人気投票を「総選挙」と称する世の中ではあるけれど。
反骨の論客、ゴア・ヴィダル(1925~2012)いわく、「言葉は人を惑わす。だから、選挙に際して、人々はいたって真面目に自分の利害に反する投票行動をしてしまう」。確かに今、様々な言葉が飛び交っている。人づくり革命、全世代型社会保障、改革保守、リアルな安全保障政策……。惑わすための言葉に惑わされてはならない。
※AERA 2017年10月9日号