バロック/大西順子
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大西順子の11年ぶりの復帰作
Baroque / Junko Onishi

 レコード業界最大手ユニバーサルへの移籍作である。

 昨年、11年ぶりの復帰作『楽興の時』をリリース。健在ぶりを示してファンを喜ばせると同時に、待望の契約満了を果たした。

 思えば大西が休業していた2000年代は、新世代邦人女性ピアニストが続々と登場、シーンが活況を呈して質的/人的にも世界標準に近づいた10年間と言える。

 上原ひろみを頂点とする実力ランキングが形成され、斯界のピアニストに対する相対的な評価が認知された。

 そんな中、2007年からライヴ・シーンで活動を再開させた大西は、NYトリオで出演した「ブルーノート東京」のステージで衰えない実力を強烈にアピール。リーダー作を出せば、すぐにトップ・グループへ復帰できるポテンシャルを示したのである。昨年の『東京JAZZ』でのトリオ・ステージは、そのイメージを広く伝える効果をもたらした。

『楽興の時』が初共演の2リズムとのトリオ作だったのに対し、この新作は3人の管楽器を起用したのが過去作にはない大きな特徴だ。レコ-ド会社の思惑もあっただろうが、大西がこれまでにできなかったアイデアを打ち出せたのが移籍効果。それが3管を擁したNY録音というのはわかりやすく、共感できる。

 90年代にジャッキー・マクリーン、ジョニー・グリフィン、フレディ・ハバードらビッグ・ネームとの共演経験がある大西は、前述の2000年代組にはないアドヴァンテージの持ち主という点で、有利な個性を発揮できる立場にある。

 2リズムを含めて、一枚看板としての実績がある同世代の黒人ミュージシャンとレコーディング・バンドを結成したのは、お仕事ではない共感と協力を彼らから得られる前提条件を担保できたからだ。

 大西の自作であるオープニング・ナンバー#1を決意表明と受け取っていい。近年の低迷を打破するようなジェームス・カーターの咆哮はどうだろう。先のオーディアン・ポープ盤と合わせて、復調著しいプレイが長年のファンにとっての朗報だ。

 チャールズ・ミンガス作曲の#5を参照すると、このセクステットがミンガス・バンドを援用して失われつつあるモダン・ジャズの種子を開花させたことが理解できる。この曲でのリーダーシップ溢れるピアノ・ソロを聴くにつけ、これだけ人材豊富なシーンにあって大西のような邦人女性ピアニストが貴重な存在であることを思い知らされる。

 無伴奏ピアノのスタンダード#4、8でジャズの伝統に敬意を表する姿勢も好ましい。一気に斯界のナンバー2を確保した意欲作だ。

【収録曲一覧】
1. Tutti
2. The Mother’s (Where Johnny Is)
3. The Threepenny Opera
4. Stardust
5. Meditations For A Pair Of Wire Cutters
6. Flamingo
7. The Street Beat/52nd Street Theme
8. Memories Of You

大西順子:Junko Onishi(p) (allmusic.comへリンクします)
ニコラス・ペイトン:Nicholas Payton(tp)
ジェームス・カーター:James Carter(ts,b-cl,fl)
ワイクリフ・ゴードン:Wycliffe Gordon(tb)

2010年3月NY録音

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