ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「六本木で出会った有名人」を取り上げる。
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1992年の秋頃のこと。高2だった私は午後の授業をサボり、制服のまま友人とふたり六本木に出かけました。今はなき大型レコード店WAVEで輸入盤CDをひやかしていると、少し離れたところにいた友人が「ちょっと! 大変!」と物凄いヒソヒソ声で私を呼ぶのです。何事かと聞けば、なんと「この棚の向こう側に宮沢りえがいる!!!」と。宮沢りえと言ったら、その前年にヘアヌード写真集『Santa Fe』を電光石火の如く発表し、日本中を大興奮させたスーパーアイドル。顔やスタイルはもちろんのこと、ぶっ飛んだ言動と歌声、さらには母親(りえママ)の存在も含め、それまでの女性アイドル像を覆した、まさに新時代の象徴(カリスマ)。まさかそんな人がCD棚ひとつ隔てた距離にいるなんて。
真っ黒な学ランを着た私たちは、ゆっくりと棚の裏へ。確かにそこには黒のタートルネックにヘップバーン風のサングラスの宮沢りえらしき女性がCDを物色していました。大急ぎでジャンケンをし、負けた私が背後から忍び寄り「あの、宮沢りえさんですか?」と声をかけました。「あ、はい」と振り返る彼女。「わ! 本物だ」「めっちゃかわいい」「テレビより細いし顔が小さい」。芸能人を見た一般人が抱く感想ベスト3をそのまま口に出す学ラン男子2人。全く”どん臭い”。そして阿呆面で「握手してください」という超王道の流れにも、りえちゃんは笑顔で応えてくれました。白くて細い“女の手”でした。最後に友人が「『Santa Fe』買いました」と、これまた当時何万回と言われたであろう言葉をかけると、りえちゃんは「あはは。どーもー」と笑い、去っていきました。そこでCDを見ていたのはりえちゃんなのだから、立ち去るべきは私たちの方なのに。しかも写真集買ってないし。