チェット/チェット・ベイカー
チェット/チェット・ベイカー
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 原則、ジャズとは、良い音で聴かないと面白くもなんともない音楽である。こんなことを言うと、「俺のオーディオなんかちっとも凝ってない安物だけど、ちゃんとジャズを楽しんで聴いてるぞ」という反論もあるかもしれない。いや、ちょっと待ってください。わたしは「良い音で」と言っただけで、何も「高いオーディオで」とは言ってない。

 むしろ、べらぼうな値段のキカイを使って良い音が出ず、ジャズを楽しめないなんて、本末転倒。これほど馬鹿らしいことはないと常々思っているオーディオマニアのひとりなのだ。

 ジャズストリート読者の皆さんが、こうやってジャズを楽しんで聴けるのは、オーディオ装置の値段にかかわらず、ちゃんと良い音が出ているからと、わたしは信じて疑わない。

 ただ、オーディオに関する知識がないと、良い音も出たり出なかったりする…、あっ、知識があっても出たり出なかったりはするんだけれど、まあ、そうなるとジャズを楽しめたり楽しめなかったりするということは、なんとなく御理解いただけると思う。

 じつをいうと、わたしの実家はカラオケ喫茶をやっているのだが、正月だからっていうんで、こないだ久しぶりにそこでマイクを握って、「アローン・トゥゲザー」でも歌おうかしらと思ったら、伴奏のカラオケの音質が以前に比べてかなり劣化していた。見ると、カラオケ音響機器の電源コンセントが蛸足配線になっていて、コードレス電話機や、飼っている金魚の水槽のブクブクもそこから電源を採っている。おお、なんということか?!これでは良い音が出るわけがないのだが、店主(=わたしの父)は毎日やっていてもそのことに気づかない。

 電源まわりはすっきりさせないとノイズが乗ってしまうという、基本的なことを知らないと、こんなふうになんとなーく歌いにくいカラオケ喫茶になってしまうのだ。

 特にデジタル時代になってからは、「パチパチ」「ブーン」「ザーザー」といった、あからさまに聞こえる雑音ではなく、密かに混入したデジタルノイズが無言のうちに音楽に変調をきたし、世紀の大傑作でさえ、三流ムード音楽のようになってしまうことがある。

 たとえば、チェット・ベイカーのリバーサイド盤『チェット』。オーディオマニアにはウケがいいのだが、オーディオに興味の無い硬派ジャズファンは、どちらかといえば敬遠する傾向があるが、その気持ちは理解できる。これは音に力が宿らなければ、分析的に聴いたって、ただただ眠いだけだろう。

 一曲目の「アローン・トゥゲザー」をかけると、もうズドーンと深い深い、どこまでも深い絶望の淵に突き落とされる(金魚のブクブクでショックを受けたのではない)。ペッパー・アダムスの閻魔様のごときバリトンサックスが絶望感を増大させる。ハービー・マンのフルートとともに不安の粉塵巻き起こり、さあチェットの悲しみのラッパだ。巧妙なアンサンブルだが、ここまで情感たっぷりに演られると、まるで編曲と感じさせない。

 それから、チェットが「ティス・オータム」の美しいテーマを吹き終えたところで、シュタッ!と入るフィリー・ジョー・ジョーンズのブラシ、これがたまらない。ここを境にリズムに乗ったチェットのソロになって、コールタールが流れ出るようなバリトンに引き継ぎエンディングへと向かう。

iPodもウォークマンもいいけれど、この『チェット』だけは、イヤホンではなく是非ともラウドスピーカーで、それもできるかぎり良い音で聴いて欲しいのである。

【収録曲一覧】
1. Alone Together
2. How High the Moon
3. It Never Entered My Mind
4. Tis Autumn
5. If You Could See Me Now
6. September Song
7. You'd Be So Nice to Come Home To
8. Time on My Hands (You in My Arms)
9. You and the Night and the Music
10. Early Morning Mood [*]

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