野上:緊急入院する時、どうしてお腹を抱えながらも配偶者にパソコンを持って行くように頼んでいるのか、よくわからなくなります。でも、書くために生きていると思っているんでしょうね。そんなにかっこいい話ではないけれど。

村本:みんな、「野上さんのほうが先に死ぬ」みたいなことを前提で喋りますけど、ここにいる誰が交通事故に遭うか分からない。

野上:この前ちょっと書こうと思っていたんです。前にご一緒した平松茂生さん(腎臓がん)に「がん患者だけなぜ、事故に遭わない前提なんだ」と村本さんが言っていたのですが、全くその通りだと笑いましたね。

村本:そうそうそう。

野上:みな、お見舞いに来て心配してくれるけど、自分が病気だって言われた時も寝耳に水みたいなもんだったから「事故とかあるし、みんなだって帰りは分かんないぜ。だから大事に生きたほうがいいよ」って言っていました。でも、途中から余計に可哀相に思われているような気がしたので、言うのをやめた。本人も気付く時は気付くし、気付かないなら気付かないでいいや、と。

村本:確かになぁ。野上さんはよく砂時計の話をされるじゃないですか。平松さんも「砂時計が見える」って。たとえば、余命1カ月だとしたら、1カ月の砂時計。途中で詰まったりして、出てこず、長生きする、みたいな。最後、じゃあ、最後にペンを握って書くとしたら、何を書くんですか。

野上:それが、最後に何を書くかって、何なんだろうなぁ。分かんないんだけど、最後に倒れて書けなくなっちゃった時に、載せられるものを何か用意しておかなければいけないんだろうな、とは思っているんです。死んだ時に「これ載せて最後にしてください」っていうやつを何か書いておかなければいけないんだろうな、とは思っていて、試みたことはある。

 だけど、結局自分の心がころころころころ変わるから、まだ書ききれていない感じなんですね。だから何を書くのかなぁ。ありがとうって書くのか、ふざけるなって書くのか。どっちなのかなあ。世の中に対して「もうちょっとしっかりしろよ」と書くのか「お世話になった方ありがとう、配偶者ありがとう」と書くのか。どっちかだろうなと思いますけどね。それをどういう材料で書くのかはちょっと分かんないけど。村本さんは最後、どんなネタを?

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村本さんの最後のネタとは?