死者は34人に 京アニ放火殺人 一瞬で失われたアニメの“エリート”たち
週刊朝日アニメ制作会社「京都アニメーション」の放火殺人事件。19日夜に新たに男性1人が亡くなり死者は34人となった。放火事件の犠牲者数としては平成以降で最悪となっている。
京都府警は19日に捜査本部を設置し、身柄を確保し現在入院中の青葉真司容疑者(41)の名前を発表した。20日には殺人と現住建造物等放火などの疑いで逮捕状を取ったという。青葉容疑者は意識不明の状態が続いており事情聴取はこれからだ。
今回の事件では、「京アニ」として世界に知られるアニメ制作会社の人材が一瞬で失われた。京アニはほかのアニメ会社の制作にも協力しており、影響は1社だけにとどまらない。
アニメ業界は慢性的な人手不足で、待遇改善などが課題だった。京アニは「プロ養成塾」を自社で開き、月給制を導入するなど、優秀な人材を育ててきた。将来の日本のアニメ界を支えるはずだった“エリート”たちが一瞬で奪われた。アニメ界全体にとって損失は計り知れない。
同社の八田英明社長は19日午後、報道各社の取材に次のようなコメントを出した。
「アニメーションを志し全国から集まった若者たちがこんな形で将来を閉ざされてしまったことが、残念で残念で言葉に出来ません。当社にとって、そして業界にとっても大きな痛手です。一人ひとりが本当に優秀で素晴らしい仲間たちでした。改めて亡くなられた社員のご冥福をお祈り申し上げます。また搬送されているスタッフへ心から回復を祈るばかりです。共に歩んだ仲間を失い、あるいは仲間の負傷を聞き、残された社員も心身ともに大変傷ついております」
別のアニメ制作会社の20代のクリエーターは、ニュースで死者の数字が増えるたびに、どんどん仲間を失っていくような感じを抱いたという。
「第一線で活躍するアーティストが同時に30人以上殺害されたという未曽有の事件。許せないし、つらい。アニメーターは感受性が強い人が多いので、事件にショックを受ける人も多いはず。同じような事件が起きるかもしれないと不安になって、自由にものづくりができない風潮が蔓延(ルビ/まんえん)していくことが心配です」
業界を引っ張ってきた京アニが襲われた衝撃は大きい。
アニメ研究家の氷川竜介・明治大大学院特任教授は、京アニは画期的な存在だったと指摘する。京都を拠点にスタッフを社員として雇用し、クオリティーの高い作品を安定的に作る体制を目指してきたからだ。
「東京への一極集中が進み、外注やフリーランスへ作業を委託する制作会社が多いなかで一石を投じた。ネットを通じてアニメの評価を高め、拡散する流れを作った。作品はライブコンサートなどにも発展し、アニメオタクの行動様式を変えるきっかけにもなった」(氷川さん)
今回の事件を受けて、哀悼と支援の輪が国内外で広がっている。
タレントでアニメファンの中川翔子さんは7月18日にこうツイートした。
「日本の大切なアニメーション文化を作る技術と心を持つ人材、日本の宝である存在。人の心や人生に光をくれる大切な仕事。本当に、あまりにも痛ましい大きな損失。言葉にならない」
米アップルのティム・クック最高経営責任者も7月19日に、京アニは世界で最も才能のあるアニメーターたちの居場所だったとして、犠牲者の冥福を祈った。
「今回のひどい攻撃は世界的な悲劇です。京アニのアーティストたちの数々の作品は、世代を超えて世界中に感動を広めています」
京アニの作品では、水泳部の男子高校生の友情を描いた映画「劇場版Free!─Road to the World─夢」が現在公開されている。事件を受けて、来年夏に公開予定だった新作の情報発信が中止になった。映画やテレビアニメの新作はほかにも計画されており、影響は深刻だ。
八田英明社長は大変な状況のなかでも、ファンを意識して次のように語った。
「予定している作品もありますから、みんなの気持ちを大事にして、みんなで受け継いでがんばろうということでやっていければ。経営者としては、私たちの将来はなくしたくないと思います」
事件発生から時間が経っているが、亡くなった人の身元の確認は進んでいない。行方不明の人の親族や関係者らはいまも悲しみに暮れている。今回の卑劣な事件が残した傷痕はあまりに深い。
(本誌・田中将介、池田正史、多田敏男)
※週刊朝日 2019年8月2日号