「北海道・北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産に、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が世界自然遺産にそれぞれ登録された。ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関が登録にふさわしいと勧告していた。それぞれにはどんな価値があるのだろうか。小中学生向けニュース月刊誌「ジュニアエラ」8月号で解説した。

太くて大きいクチバシと短くて丸い翼、美しい模様などが特徴的なヤンバルクイナ。沖縄島北部の「やんばる(山原)」と呼ばれる地域だけに生息する固有種だ(写真/朝日新聞社)
太くて大きいクチバシと短くて丸い翼、美しい模様などが特徴的なヤンバルクイナ。沖縄島北部の「やんばる(山原)」と呼ばれる地域だけに生息する固有種だ(写真/朝日新聞社)

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 世界遺産とは、世界の誰もが認める価値をもつと、ユネスコの世界遺産委員会が認定した「人類共通のかけがえのない財産」をいう。世界遺産には、文化遺産と自然遺産、両方の価値を備えた複合遺産の三つがある。

 国内の自然遺産は2011年の小笠原諸島(東京都)に続き5件目、国内の文化遺産は19年の百舌鳥・古市古墳群(大阪府)に続き20件目となる。なお、日本には複合遺産はない。

●農耕文化が発達する以前、狩猟・採集の時代の豊かな文化

 縄文遺跡群は、北海道と青森、岩手、秋田の3県にある17の遺跡から構成されている。文字が使用される前の時代(先史時代)では、国内初の世界文化遺産となる。

 では、縄文遺跡群のどのような点が評価されたのか。世界的には、人類が定住するようになるのは、農耕・牧畜が始まってからで、土器作りも農耕開始からとされている。ところが縄文時代の日本列島では、狩りや漁、採集といった食料採取段階で定住が確立し、土器も製作され複雑な精神文化が培われた。しかも、稲作が本格化する弥生時代まで1万年以上も続いた。こうした例は、人類史上まれである。

 なぜ、農耕・牧畜なしで定住生活が可能になったのか。それは、北海道・北東北の生物多様性にめぐまれた自然環境にある。縄文遺跡群がある地域は、ブナを中心とする落葉広葉樹林が広がり、ドングリやクリなど木の実が豊富で、シカやイノシシなどの中小動物も多かった。海洋では暖流と寒流が出合い、豊かな漁場になっていた。川にはサケやマスがのぼってきた。食料は量も大切であるが、種類が多いことも重要である。ある食料が少なくなっても、別の食料で補うことができるからだ。縄文時代の北海道・北東北は生物多様性にめぐまれ、食料を安定して確保できたので、定住が可能になった。定住化は、独自の複雑な精神文化を生み出していった。集落には墓地が造られ、祭りや儀式の場も設けられて、自然や祖先をあがめ敬う祭祀が行われた。

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早川明夫
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