自助の果てに起きたネオリベラルなテロリズム 安倍元首相銃撃事件に見た時代の病

安倍晋三

2022/07/17 10:00

與那覇潤(よなは・じゅん)/評論家。1979年神奈川県生まれ。歴史学者として日本近現代史を専門としてきたが、新型コロナ禍での学会の不見識に失望し、著書『平成史』(文藝春秋)を最後に歴史学者の呼称を放棄。著書に『心を病んだらいけないの?』(斎藤環氏と共著、新潮選書。小林秀雄賞)、『歴史なき時代に』(朝日新書)、『過剰可視化社会』(PHP新書)など/撮影・朝日新聞社
與那覇潤(よなは・じゅん)/評論家。1979年神奈川県生まれ。歴史学者として日本近現代史を専門としてきたが、新型コロナ禍での学会の不見識に失望し、著書『平成史』(文藝春秋)を最後に歴史学者の呼称を放棄。著書に『心を病んだらいけないの?』(斎藤環氏と共著、新潮選書。小林秀雄賞)、『歴史なき時代に』(朝日新書)、『過剰可視化社会』(PHP新書)など/撮影・朝日新聞社

 安倍晋三元首相(67)が奈良市で街頭演説中に銃で撃たれ、殺害された。逮捕された山上徹也容疑者(41)は警察の調べに、宗教法人「世界平和統一家庭連合」(旧統一教会)の名を挙げ、母親が旧統一教会の信者で、多額の寄付をして破産したことから、教団とつながりのある安倍氏を狙ったと供述している。自作の銃で首相経験者を暗殺した今回の事件について、元・歴史学者で評論家の與那覇潤さんは「自助社会の極致を見た」と語る。

【写真】高校時代の山上容疑者

*  *  * 

 歴史上の先例と比べて、かなり特異な「テロル」(威圧的な暴力)だと感じています。テロルが通常の暴力犯罪と異なるのは、標的とされた個人が憎いのではなく、自分が憎む「もっと大きな存在の象徴」を相手に見いだして襲撃する点です。戦前の日本でいえば、格差を広げた「財閥資本主義の象徴」として、財界人や政党政治家を襲うといったものですね。

 だからもし容疑者が「日本社会全体の腐敗に憤って」安倍さんを狙った、と述べているなら、戦前以来の古典的なテロルになります。しかし本人はそうではなく、「僕の家庭をダメにしたもの」の象徴を安倍さんに見いだして、殺したと主張している。

 容疑者の供述を信じるかぎり、テロルではあっても「象徴を見いだすやり方」に社会性がなく、完全にパーソナルなんですね。誰もが知る政界の最有力者を襲いながら、本人の動機からは「いやいや、そんな恨みの抱き方をするのはあなただけだ」という思考しか見えてこない。そうした異様さの背景には、改元の前後から煮詰まってきたこの国の病理があると思います。

■総SNS社会が生む「強い個人」のジレンマ

 平成の末期、2010年代に日本は総SNS社会となりました。インフルエンサー・ビジネスが典型ですが、個人(配信者)を「時代の潮流の象徴」に見せることで影響力や収入を得る人が、政治家に代表される旧来型の著名人以外にも増えています。誰もが「強い個人」になって稼ぐことを推奨される、一億総タレント社会ともいえます。

 しかし自分を「自分以上のもの」に見せていると、その「自分以上のもの」が何かやらかしたときに、責任を負わざるを得ない。タレントが企業のCMに出る(=象徴になる)ことで稼げても、その企業に不祥事が発覚すると一緒にたたかれてしまうのと同じです。芸能人や政治家ならこの時、所属する事務所や政党が間に入ってくれますが、個人の場合は直接本人に攻撃が押し寄せます。

 ネット炎上の過激化が進んでいるのはそのためです。最初は個人間のトラブルでも、そこに「世の中の悪(あ)しき傾向の象徴」が読み込まれると、当事者以外が続々参戦してメディアリンチのような状態になり、「だからあの人は、社会から抹殺しよう」とされてしまう。いわゆるキャンセル・カルチャーと呼ばれるものです。

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誰もが襲われ得る社会が始まっている

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