『ギタリシア』には浅井が書いた新曲12曲が収められている。もちろん、ボーカルも浅井自身。『アバ・ハイジ』のころに比べるとボーカルの趣はいくぶん落ち着いているが、童話を読み聴かせるかのように世界を丁寧に作り上げていくような歌い方は変わっていない。サウンドも不変だ。イントロのキラキラとしたギターサウンドに導かれて始まる1曲目「光の家族」は少しバロック音楽を思わせるクラシカルな色調。かと思いきや2曲目「ラヴ・ポーション No.7」は裏打ちのリズムで軽快に展開され、3曲目「花の香り」は3拍子のゆったりしたテンポで優雅にメロディーが響く……といった感じで、まるで空中をたゆたうように一曲、また一曲と流れていく。アレンジも演奏も表情豊かだが、ふんわりとしたセピアカラーで包まれたかのように全体のトーンは穏やかだ。

 また、浅井自らアコースティック、エレクトリック、12弦といったギターを曲ごとに様々な表情で弾いて聴かせている点にも注目だ。浅井の造語で“ギター病”という意味を持つアルバム・タイトルの「ギタリシア」さながらに、このアルバムは浅井流のギター・アルバムとして聴くこともできる。ボーカルでtamao ninomiya、トランペットで高橋三太ら若い世代のアーティストたちから、『アバ・ハイジ』の録音にも参加していたベースの芳賀紀夫までがレコーディングに参加したことで、33年という年月を飛び越えて時代が一続きになった印象もある。
 
 歌詞も多様だ。韻を踏んだ言葉遊びのような「マジック・バス」や、ジョン・レノンやジム・モリソンなど浅井の好きなアーティストの名前が次々と登場する「(Let’s sing a)Singer-Songwriter’s Song」といったウィットに富んだものがいいアクセントになりつつも、失われた時代の終焉を歌うような「青春以後」に見られる50代の現在の目線から綴られたものも多い。

 だが、「昔からファンタジーを思い描くのが好きだった」という浅井の想像力溢れる言葉のクリエーションはまるで色あせていない。夢なのか現実なのか、物語なのか実話なのか、生きているのか死んでいるのかさえもわからないような、幻想的かつ空虚な手触りの言葉は、『アバ・ハイジ』の頃のままだ。これが浅井の美学……彼の求める桃源郷とも言える世界なのだろう。

 3月21日には無料配信ライブも開催される。日本時間の正午からスタートするのは、『アバ・ハイジ』を“発見”した海外のファンが気軽に楽しめるように配慮したもの。アメリカでは20日土曜の夜10時からになる。

 『アバ・ハイジ』リリース当時は顧みられなかった浅井直樹。今度こそ、今再び鳴らされている奇跡を歓迎してあげようではないか。(文/岡村詩野)

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岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

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