かならず義務付けられるのがツベルクリン反応検査だ。現在、アメリカには結核患者はほとんどいない。いないがゆえに(自国は結核に関して清浄国だと自認しているがゆえに)、国民全体にBCGを打つこともない。一方、外国から結核が持ち込まれるのを防ぐため、一時旅行者ではない新規生活者は、ツベルクリン検査をしなければならない。

 日本人がアメリカでツベルクリン検査を受けると、当然、陽性になる。結核感染疑い、と診断される。いくら日本ではBCGを打つから、と事情を説明しても、とりつくしまがない。手続き上、レントゲン診断の紹介状を渡されてしまう。だいたいの場合、それは別の施設なので、また出直し、診断料を払い、X線撮影をして、肺に影がないことを証明してようやくOKになる。たいへんである。

 このBCG投与の有無が、新型コロナ肺炎の死亡率と相関しているのではないかとの仮説が出て、注目されている。BCG皆投与国の日本で、欧米のような感染爆発・死亡者数の増加がない理由ではないかというのだ。

 このデータの解釈は注意を要すると思う。相関関係は因果関係ではないし、理論的に考えても、結核菌とコロナウイルスのタンパク質(抗原)に共通性はない。イスラエルは1982年を境に、BCGの国民皆投与を停止したが、その前後の人口集団について、新型コロナ陽性率の差はないというデータが出ている。

○福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

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福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

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