とんでもないほど女性にモテた脱獄犯「カサノヴァ」と梅毒 医師が考える治癒の謎 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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とんでもないほど女性にモテた脱獄犯「カサノヴァ」と梅毒 医師が考える治癒の謎

連載「歴史上の人物を診る」

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早川智AERA#AERAオンライン限定
写真はイメージです(写真/gettyimages)

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 昨今、有名な外国人経営者の密出国で世間がやかましい。フランス革命時には多くの王党派貴族や王族が革命政権を恐れて他の諸国に逃げ、先の世界大戦でもナチスドイツに降伏したヴィシー政府を嫌って英国や米国に亡命した政治家や軍人、経済人も少なくないことから、ご本人には犯罪意識はないのかもしれない。このコラムで取り上げられそうな脱獄犯を探したが、英国首相として第二次大戦を戦った有名なウィンストン・チャーチル卿は若い時に従軍記者として参加したボーア戦争で捕虜となり、生命からがら脱出しているがこれは少し違うような気がする。

 有名人で脱獄したのは、18世紀イタリアのプレイボーイ、ジャコモ・カサノヴァだろうか。

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 ジャコモ・カサノヴァは1725年、ベネチアに俳優ガエタノ・ジュゼッペ・カサノヴァと女優ザネッタ・ファルッシの長男として生まれた。しかし、実父は母のパトロンである大貴族ミケーレ・グリマーニだったらしい。パドヴァ大学の法学部を卒業,見習い神父となるが還俗してベネチア共和国の官吏となり、コルフ島やアレクサンドリアに赴任、行く先々で女性と浮名を流すが、帰国して付き合ったのが統領を輩出したモロシーニ家の令嬢で、激怒した父親に訴えられ、1755年パラツイオ・デユカーレ隣の鉛の牢獄に収容される。

 ここは、政治犯を収容するところで、同共和国の千年を超える歴史で逃げた収監者はいなかった。しかし、5年後彼はうまく脱出してパリに現れた。脱獄の方法は楽器ケースではないが、はっきりしない。

 その後、ファルーシ伯爵と名乗ってヨーロッパ各地を転々とし、ロシアのエカチェリーナ2世やプロシアのフリードリッヒ大王、ローマ教皇クレメンス13世、英国王ジョージ3世、オーストリア女帝マリアテレジア、アメリカ独立前のベンジャミン・フランクリン、フランス王ルイ13世の寵姫ポンパドウール夫人といった一流の人々と交流を結ぶ。ふんだんな活動資金と貴顕紳士との交際にはベネチア政府の支援もあったようで、彼を非公式の外交官として使うために政府が脱獄させたのかもしれない。


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