吉野彰さんをノーベル化学賞に導いた「常識はずれ」の視点と開発欲 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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吉野彰さんをノーベル化学賞に導いた「常識はずれ」の視点と開発欲

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内村直之AERA
リチウムイオン電池の模型を手に満面の笑みを浮かべる吉野彰さん(71)。1970年京都大学工学部卒業後、72年に旭化成工業(現・旭化成)に入社。2017年旭化成名誉フェローに就任。日本酒好きとして知られる(c)朝日新聞社

リチウムイオン電池の模型を手に満面の笑みを浮かべる吉野彰さん(71)。1970年京都大学工学部卒業後、72年に旭化成工業(現・旭化成)に入社。2017年旭化成名誉フェローに就任。日本酒好きとして知られる(c)朝日新聞社

 吉野彰さんらリチウムイオン電池発明者たちにノーベル化学賞の栄光が輝いた。スマホなどで欠かせないこの電池の開発は、死屍累々の歴史でもあった。

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 いつでも、どこでも、欲しい情報にアクセスできるスマホやノートパソコンに電気エネルギーを供給し続けて支えている「大容量電池」を私たちは忘れがちである。ストックホルムのノーベル財団は、リチウムイオン電池を発明したジョン・グッドイナフ米テキサス大学教授(97)、スタンリー・ウィッティンガム米ニューヨーク州立大学特別教授(77)、そして吉野彰旭化成名誉フェロー(71)の3人に2019年のノーベル化学賞を授賞することで、ひっそりと隠れていた技術を思い出させた。

■これまでで最も革命的

 27人目となる日本生まれのノーベル賞受賞者は、その電池の「底力」を世界で初めて世にもたらした技術者だった。電池が発明されて200年余、これまでの中で、リチウムイオン電池は最も革命的な性能だといえる。

 リチウム(Li)という元素は電気を帯びたイオンになりやすいために、高電圧、高容量の充電可能な二次電池の材料に向いているとされていた。しかし、高い反応性は一筋縄で扱えず、1970年代までに使い切りの一次電池しかできていなかった。

 石油会社エクソンに勤めていたスタンリー・ウィッティンガムは、73年の石油ショックをきっかけに金属リチウムを使った高容量二次電池の開発を始めた。電池開発では、電子を発生する負極と電子を受け取る正極を作る材料が最大のカギだ。ウィッティンガムは、リチウムイオンを隙間にためられる硫化チタンを正極、イオンになりやすい金属リチウムを負極として76年、世界初の充電可能な電池を開発・公表。だが自然発火の可能性が消せず商用化は断念された。

 乾電池にも弱点がある。電池の発生電圧を水が電気分解される限界の1.5ボルト以上にできないのだ。水の代わりに有機液体を使えば電圧が3ボルト以上の高電圧電池ができる。そのために新型電極開発が求められた。81年、「白川英樹さんの開発した有機伝導物質のポリアセチレンを負極に使うのはどうだ?」と言い出したのが、旭化成で新型電池開発をしていた吉野だった。


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