小野雅裕(おの・まさひろ/)1982年生まれ。東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業後、MITに留学。現在、NASAの中核研究機関であるJPLで火星探査ロボットの開発をリードしている(撮影/写真部・大野洋介)
小野雅裕(おの・まさひろ/)1982年生まれ。東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業後、MITに留学。現在、NASAの中核研究機関であるJPLで火星探査ロボットの開発をリードしている(撮影/写真部・大野洋介)

『宇宙に命はあるのか 人類が旅した一千億分の八』は、NASA(米航空宇宙局)ジェット推進研究所で火星探査の技術開発に従事し、人気コミック『宇宙兄弟』の監修協力も務める小野雅裕さんが、人類の謎に挑む、壮大な宇宙の旅の物語だ。小野さんに、同著に寄せる思いを聞いた。

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<この本は宇宙探査の本である。だが、主人公は宇宙飛行士ではない。政治家や起業家でもない。「何か」に取り憑かれた技術者、科学者、小説家、そして無名の大衆だ>

 無名の大衆、つまりは読者である私たちもまた、宇宙探査の登場人物になると語りかける小野雅裕さんの口調に、読者は引き込まれていく。

「宇宙に関する本は、数限りなくあるから、同じものを書いても意味がない。宇宙飛行士に関する本も多いですが、本当に宇宙船やロケットを作っているのはエンジニアです。『宇宙開発の屋台骨を支えている人たちにこそ、絶対に面白い話がある』と思っていました」

 小野さん自身、生粋のエンジニアだ。東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業後、MIT(マサチューセッツ工科大学)に留学。現在はNASAの中核研究機関であるJPL(ジェット推進研究所)で火星探査ロボットの開発に従事している。

「具体的には着陸候補地点の選定、それから火星ローバーの自動運転ソフトウェアの開発です。毎日、何万行という複雑なコンピュータープログラムをチェックして、バグを探す。マネジャーから厳しい指摘もありますし、日々、やっているのは『泥仕事』ですよ(笑)。でも自分の仕事の結果が、数年後、火星でローバーを動かして、集めた岩を持って地球へ戻ってくることに貢献できる。そう想像することが自分を励ましてくれます」

「想像する」「イマジネーション」という言葉は、本の中でも繰り返し登場する。

<鳥は翼で空を飛ぶ。人はイマジネーションの力で月に行った>と、小野さんは書く。

 翼を持たない人間が、宇宙へ行く技術を持つことができたのは、冒頭の文章にも登場した「何か」、イマジネーションの力なのだ。

「知らないことを知るという、自己矛盾的な認識を可能にする不思議な能力が、人には備わっています。僕は文学を読むのが好きなんですが、科学も技術も芸術も、人類の創造的な活動の源泉はすべて、イマジネーション。今はないものを想像する力だと思います」

 本書には悪魔(ナチス)に協力した天才技術者、アポロ計画を陰から支えた無名の技術者や女性プログラマーなど、興味深い人物が登場する。

 皆、イマジネーションの力で宇宙探査の歴史を進めてきた人々だ。本を読み終わったあと、読者が見上げる空は、それまでと違っているだろう。(ライター・矢内裕子)

AERA 2018年4月23日号