●米朝交渉のカード誇示

 米国トランプ政権は、北朝鮮を攻撃すれば1953年以来休戦中の朝鮮戦争は再開となり、在韓米軍にも韓国、日本にも多大の損害を与える危険が大きいから戦争は避けたい。軍事力を誇示しつつ、中国に協力を求め、北朝鮮との交渉で核・ミサイル開発に歯止めをかけようとし、トランプ氏は金正恩(キムジョンウン)氏と「会談できれば光栄」とまで言っている。北朝鮮外務省の崔善姫(チェソンヒ)アメリカ局長は今月8、9日、ノルウェーのオスロで米国のトーマス・ピカリング元国連大使と会談、米朝交渉開始に向けての瀬踏みをしたと見られる。

 北朝鮮にとっては、「米本土に届くミサイルを造れる」能力を示し、それを凍結する代わりに米国との国交樹立、経済制裁の緩和、援助を求める方策もあり得よう。崔局長が11日に帰国して報告後まもなく、偵察衛星で撮影しやすい亀城(クソン)の飛行場に「火星12型」を引き出して準備を始め、これ見よがしの発射を行ったのは交渉のカードの価値を高める狙いとも考えられる。

 一方、オスロでの会談で双方の隔たりがあまりに大きく、米国が軍事的手段を取りかねない気配を感じたため、反撃能力を誇示して攻撃を免れようとした可能性もある。

 日本はすでに約1兆8千億円をミサイル防衛に投じたが、2千キロもの高高度に打ち上げられて落下してくる「ロフテッド軌道」のミサイルは迎撃を極めて困難にする。

 イージス艦が現在積む「SM3ブロックIA」迎撃ミサイル(1発16億円)は中距離弾道ミサイルが放物線の頂点、高度500キロ付近に達し速度が落ちたところを狙う。2千キロの高さから高速で落下されれば役に立たない。

 日米共同開発の新型「SM3ブロックIIA」の価格は現有タイプの2倍にはなりそうだが、これでも迎撃高度は約1千キロだから、「火星12型」に対処できるか否か怪しげだ。(軍事評論家・田岡俊次)

AERA 2017年5月29日号