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JAL執行役員も戦った「女性ならではの壁」

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AERA#仕事#働く女性
日本航空 執行役員中野星子さん1982年日本航空入社。ここまで来られたのは、家族の理解も大きかった。夫は、海外出張が多くても、帰宅が遅い日が続いてもイヤな顔一つせず、母も協力してくれたという(撮影/高井正彦)

日本航空 執行役員
中野星子さん

1982年日本航空入社。ここまで来られたのは、家族の理解も大きかった。夫は、海外出張が多くても、帰宅が遅い日が続いてもイヤな顔一つせず、母も協力してくれたという(撮影/高井正彦)

 働く女性は何かと「壁」にぶつかることが多い。この4月から、日本航空(JAL)の執行役員・西日本地区支配人として、関西地区で約500人の部下を束ねる中野星子さん(55)は、女性ならではの壁を経験してきた。

 1982年、日本航空で女性初の総合職第1期生として入社した。20代で主任の時に東京支店の国際販売営業部への異動を内示された。男性ばかりの「花形」部署だった営業部は、女性というだけで中野さんの受け入れを拒んだという。しかし、中野さんの当時の上司だった男性が、米国の支店でバリバリ働く女性の姿を見ていて、「ぼくが保証する。彼女を受け入れてほしい」と推薦してくれて、なんとか異動できた。前任者との引き継ぎで訪ねた取引先で、「次の担当は女か」と面と向かって言われたこともある。

「成果を上げなければ、取引先からも社内からも『女性だからできない』と言われる。『やってやる!』と奮い立ちました」

 取引先に、ついでを装い日参した。先に社員と仲良くなることを心がけ、次第に社長の懐に入り込んだ。一緒にカラオケに出かけ、休日のゴルフにもつき合う。男性より劣っているとは、思わせなかった。

 中野さんは、自分がチャンスをつかめた理由の一つに「上司に恵まれたこと」を挙げる。男性ばかりの営業部に押し出してくれた課長は、悩みごとの相談にも乗ってくれた。女性の先輩や男性同期なども、サポートしてくれたという。

 一見キャリアを順調に重ねてきたように見える中野さんだが、昇格は同期の中でも遅いほう。部長職に就いたのも2年くらい遅かった。出世より、与えられた仕事を一生懸命やる満足感のほうが大切だった。

「すべてに全力を尽くしていれば、必ずだれかが見ていてくれる。手抜きは絶対にしてはいけない。それがチャンスをつかむ早道だと思います」

AERA  2014年5月5日―12日合併号より抜粋


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