アルバニア人とセルビア人が激しく対立してきたコソボ。日本に家族を残して、ここで音楽活動を続ける日本人がいる。

 給料は月450ユーロ(約4万5千円)。

「コソボ水準なので。各地で客演指揮の『出稼ぎ』をして補っています」

 栁澤寿男(やなぎさわとしお)さん(41)は、コソボフィルハーモニー交響楽団の首席指揮者だ。コソボの首都プリシュティナ在住の日本人は、国連や援助関係者以外では彼一人だけ。

 紛争後のコソボでは、それまで支配層だったセルビア人に代わってアルバニア人が主導権を握る。2008年に「独立」を宣言したが、セルビアは認めず、国連加盟も果たせていない。

「紛争では多くの人が亡くなり、民族対立は今も残ります。フィルにはまだセルビア系の演奏者はいませんが、いつかマルチ・エスニックなオーケストラになることを願っています」

 家族を日本に残し、断水や停電が頻発するコソボに活動の拠点を置いて5年。昨年は急性盲腸炎になり、「12時間以内に切らないと死ぬ」と言われたが、コソボの病院には輸血の設備すら整っていなかった。満席のフライトにキャンセルが出て、何とかドイツに脱出、一命を取り留めたという。

 そんな綱渡り経験も、気負いなくさらりと話す。まるで人道援助関係者顔負けの「サバイバル」ぶりだ。

 コソボフィルでの活動と並行して、旧ユーゴの様々な民族を音楽でつなぐバルカン室内管弦楽団を07年に立ち上げた。

「一緒に夢を現実にしないか?」

 と、アルバニア人やセルビア人の演奏家らを説得して回った。ついに今年5月、両民族が共に奏でるコンサートを、セルビアの首都ベオグラードで成功させた。

「音楽で、分断された民族の懸け橋を」という情熱と、「指揮棒一本、かばんに入れて」の身軽さ。民族の軋轢をひらりとかわし、バルカン半島の国々を回ってピースメーキングを試みる。イケメンだけど泥臭く熱いところが、血の気の多いバルカンの人々の気質に合うのかもしれない。パトロン開拓にも足を運び、夢を語って資金を集める。

AERA 2012年10月29日号