このたび、朝日選書で『新宿 「性なる街」の歴史地理』を出していただくことになりました、三橋順子です。

「性なる街」とは、かつて、女たちが身体を張って稼ぎ、男たちが心をときめかした「性なる場」の集合体のことです。そうした性的な遊興空間、具体的には、「遊廓」、「赤線」(黙認買売春地区)、「青線」(黙認しない買売春地区)の今や失われつつある記憶を、風俗雑誌などの怪しい文献、古い住宅地図、年配の方からの聞き取り、街歩きなどを合わせた、私なりの方法で掘り起こそうという試みです。

 本書の概要を記しておきましょう。

 第1章「『新宿遊廓』はどこにあった?」は、この本の主な舞台である新宿の「性なる場」の原点である「新宿遊廓」について、その場所にこだわって解明してみました。コラム1「『廓』という空間」は、前近代日本の買売春の略史と「廓」の空間論。

 第2~4章「『赤線』とは何か」は、東京を中心とした「赤線」総論で、その成立、実態と経済、その終焉を記しました。第4章は「売春防止法」成立後から現代に至るセックスワークの問題にも及んでいます。

 コラム2「RAAと『赤線』亀戸」は、RAA(特殊慰安施設協会)と「赤線」の関係についての新発見。コラム3「映画に見る『赤線』の客」は、注目されることの少ない「赤線」に通う男性について。コラム4「昭和33年3月31日『赤線最後の日』の虚構」は、「最後の日」はいつか、その時「蛍の光」は歌われたのかを追跡しました。

 第5章「新宿の『青』と『赤』」は、本書の中核をなす章で、新宿の「青線」の詳論と「赤線」との関係。併せて昭和戦後期の新宿の「性なる場」の形成を歴史地理的に分析した都市論です。コラム5「朝山蜻一『女の埠頭』を読む」は「青線小説」の紹介とその資料価値。

 第6章「欲望は電車に乗って」は、「赤線」と都電の関係を整理した都市交通論。コラム6「『原色の街』の原色の女」は、「赤線」女給と銘仙の関係に着目したファッション論。ついでにカバー画像の解説。

 第7章「『千鳥街』を探して」は、闇市起源の小さな飲み屋街「千鳥街」を探索し、新宿「ゲイタウン」の成立にかかわるミッシングリンクを検出します。コラム7「『旭町ドヤ街』の今昔」は、旭町ドヤ街の形成と変貌のメモランダム。そして、あとがきは、研究の出発点となった2つの出会いを記しました。

次のページ