田原総一朗「森友疑惑での遺書公開。佐川氏の忖度こそ再調査すべき」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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田原総一朗「森友疑惑での遺書公開。佐川氏の忖度こそ再調査すべき」

連載「ギロン堂」

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田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年生まれ。ジャーナリスト。東京12チャンネルを経て77年にフリーに。司会を務める「朝まで生テレビ!」は放送30年を超えた。『トランプ大統領で「戦後」は終わる』(角川新書)など著書多数 (c)朝日新聞社

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年生まれ。ジャーナリスト。東京12チャンネルを経て77年にフリーに。司会を務める「朝まで生テレビ!」は放送30年を超えた。『トランプ大統領で「戦後」は終わる』(角川新書)など著書多数 (c)朝日新聞社

イラスト/ウノ・カマキリ

イラスト/ウノ・カマキリ

 森友事件の公文書の改ざんに関わった財務省近畿財務局の職員・赤木俊夫氏の遺書全文が公開され、大きな波紋を呼んでいる。ジャーナリストの田原総一朗氏は、再調査の必要性を訴える。

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 上司に強要されて、森友事件の公文書の改ざんを行い、2018年3月7日に自ら命を絶った、財務省近畿財務局の職員・赤木俊夫氏の遺書全文が、週刊文春で公開された。

 当時から深刻な出来事として少なからぬメディアで報じられてきたが、家族の反対で遺書は公開されなかった。赤木氏の元の職場、つまり近畿財務局を恐れていたのである。

 だが、近畿財務局のあまりの誠意のなさに、赤木氏の奥さんが怒り、公開に踏み切ったようだ。

 遺書は、赤木氏が死の直前に書いたものであった。

<私は、昨年(平成29年)2月から7月までの半年間、これまで経験したことがないほど異例な事案を担当し、その対応に、連日の深夜残業や休日出勤を余儀なくされ、その結果、強度なストレスが蓄積し、心身に支障が生じ、平成29年7月から病気休暇(休職)に至りました。

 これまで経験したことがない異例な事案とは、今も世間を賑わせている「森友学園への国有地売却問題」(以下「本件事案」という。)です>

 遺書はこんな書き出しで始まり、決裁文書の改ざんは<元は、すべて、佐川理財局長の指示です>と、はっきり書いている。

<佐川理財局長の指示を受けた、財務本省理財局幹部、杉田補佐が過剰に修正箇所を決め、杉田氏の修正した文書を近畿局で差し替えしました><パワハラで有名な佐川局長の指示には誰も背けないのです><役所の中の役所と言われる財務省でこんなことがぬけぬけと行われる><怖い無責任な組織です><この事実を知り、抵抗したとはいえ関わった者としての責任をどう取るか、ずっと考えてきました><今の健康状態と体力ではこの方法をとるしかありませんでした>

 そして赤木氏は自殺するのである。

 赤木氏の遺書を読むかぎりでは、最も悪いのは佐川宣寿・元理財局長(元国税庁長官)だ。だが、佐川氏はなぜ国会で虚偽の答弁を繰り返し、部下に公文書の改ざんを強要しなければならなかったのか。


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