■スティーブ・ジョブズも大ファンだった伝説のデザイナー

 広告・デザイン評論家で、評伝『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』を執筆中の河尻亨一氏はこう語る。

「石岡瑛子は、時代を先取りしていた表現者です。『オリジナルであること』『革新的であること』『時代を超えること』――この3つのルールを自身に課し、狭い日本を飛び出して、ニューヨークやハリウッドのクリエイティブ・シーンに大きな足跡を残しました。実現はしませんでしたが、あのスティーブ・ジョブズも瑛子の大ファンで、彼女にデザインを依頼したくて接近していたというエピソードもあります。

 男性優位の社会の中で、自分のビジョンを形にするために奮闘を続けたという意味では、はたらく女性たちにとって勇気とヒントがもらえる存在でもある。瑛子自身の言葉を借りると、激変するハードなビジネス環境の中で『いかにサバイブするか?』が、彼女の生涯のテーマでした。時代の変化を機敏に捉えて、おおよそ10年に一度、大胆なキャリア・シフトをしているのです。

 そんな瑛子の仕事の中でも、“異色のプロジェクト”と言える『指輪』がネットで手軽に観られるなんて、すごい時代になりましたね。画質もクリアで衣装の細部がよくわかる。ワグナーによる壮大な音楽劇空間の中で、ディテールの表現にまでこだわり抜いた石岡瑛子ワールドも堪能できるのではないでしょうか」

 このオペラのために、石岡氏は2年をかけて全力で衣装デザインに取り組んだ。いいアイデアがどうしても浮かばず、宿泊先のホテルの部屋で見かけたハエからインスピレーションを得て、悪役(ミーメ)の衣装を思いついたこともあったという。

 ほかにもトネリコの樹を刺繍したジャケット(主役の神ヴォータン)、羊頭をモチーフにした杖(結婚の神フリッカ)、頭蓋骨の形をしたメタルヘルメット(ワルキューレの戦士たち)など、見どころとなる衣装やアイテムが盛りだくさん。

 出演者による歌や演技、オーケストラの演奏、セットデザインも素晴らしいが、ある意味ではコスチュームが“主役”のオペラに仕上がっている。音楽や物語だけでなく衣装を楽しみたい人にとってもオススメの“ストリーミング・オペラ”だ。

 おりしも日本国内では、世界初となる石岡瑛子氏の回顧展の準備も進められている(石岡瑛子展「血が、汗が、涙がデザインできるか」/ 11月14日から。東京都現代美術館にて)。当初、この夏に開催されるはずだったが、新型コロナの影響で延期となった。河尻亨一氏による評伝『Timeless 石岡瑛子とその時代』も、同時期に弊社より刊行の予定だ。(書籍編集部 山田智子)