勝谷誠彦、黒岩祐治、中田考…天才たちの灘校時代を和田秀樹が描く (1/5) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

勝谷誠彦、黒岩祐治、中田考…天才たちの灘校時代を和田秀樹が描く

このエントリーをはてなブックマークに追加
小林哲夫dot.
和田秀樹さん

和田秀樹さん

『灘校物語』

『灘校物語』

 今年、1960年生まれは還暦を迎える。

 彼らの多くは1973年に中学に入学し、1979年に高校を卒業した。1970年代に10代のもっとも多感な時期を過ごした。

 精神科医の和田秀樹は1960年生まれ。1979年、灘高校から現役で東京大理三に進んでいる。1970年代、灘高校は東京大合格高校ランキング1位の常連だった(1970、72、74~76、78年)。しかもやたら現役が多い。日本でいちばん天才、秀才が集まる賢い学校と言われたものである。

 そんな天才集団の一人、和田が最近『灘校物語』(サイゾー)を著した。これがめっぽうおもしろい。小説の形をとっているが、実在人物と思しき有名人がたくさん登場する。ヤダヒデキ、カツタマキオ、ナガタコウ……。どうやら主人公の和田秀樹に勝谷誠彦や中田考という濃いキャラクターがからんでいるようだ。

 勝谷は文藝春秋勤務を経てコラムニストとなり、テレビのコメンテーターとしても活躍したが、2018年に逝去。中田は元同志社大教授のイスラム学者だ。中田は、過激派組織「イスラム国」(IS)に戦闘員として参加しようとした学生の渡航を支援したとして事務所が家宅捜索を受けており、2019年、警視庁は中田ら数人を私戦予備・陰謀容疑で書類送検した(その後、全員不起訴処分)。

『灘校物語』の前半、ヤダヒデキには悲惨な状況が待ち受けていた。

* * *
「そうやな」
 そう言うと三人はヒデキの両手両足を掴(つか)んだ。
「なにするんや」
 三人につかまれたヒデキは、そのまま前の黒板の脇に置かれた木製のゴミ箱に入れられ、外から蓋をしめられた。(略)
「ヤダのくせに調子乗んなよ」
 幸いゴミ箱のなかに生ゴミはなく、紙ゴミだけだったので臭いはそれほどひどくはなかった。
「助けてくれ!」
 ヒデキは何度も叫ぶのだが反応はなかった。みんな気づいているのに助けてくれない。
 チャイムが鳴り、次の国語の授業も何もなかったかのようにして始まった。灘では出席を取らないので欠席扱いにはされないが、みじめでならない。ヒデキはみじめさのあまり助けを求めることをやめていた。
 結局、50分間をゴミ箱のなかで過ごした。
 授業が終わると、コウがゴミ箱を開けに来た。
「大丈夫かい?」
 ヒデキは無言でうなずいた。
「ナガタ、余計なことすんなや」
 それに気づいたカツタが教室の後ろからコウを咎(とが)める。(100~101ページ)
* * *


トップにもどる dot.オリジナル記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい