例えばこの制度では、通常の健康診断などと違い、検査を実施するのは、事業者ではなく産業医や外部の専門機関となる。検査結果は、受けた本人にのみ通知され、本人の同意がなければ、事業者側に伝えられることはない。医師による面接が必要という結果が出た場合でも、本人からの申し出がなければ、事業者側には分からない仕組みとなっている。

 事業者側は、どのような取り組みを進めているのだろうか。例えばNTTデータは、従業員のストレス状況を長期的な視点で見極める材料として、ウェアラブルの心拍センサーによる疲労計測やパソコンの使用記録を元に業務状況を把握する研究を進めている。

 背景には、産業医や上司による面談では、従業員が率直に疲労を伝えにくいことや、ピンポイントの面談では、従業員の状況を的確に把握しにくい、という課題がある。従業員が身に着けた心拍センサーから得られたデータから、自律神経や中枢神経の状態やストレス、疲労の程度を推測し、日々の業務状況と照らし合わせれば、改善策を講じやすいのではないか、というわけだ。

 同社は実用化を視野に入れて、従業員らを対象に実証実験を行っているが、「すぐに導入効果が出るものではないため、経営者にとって投資判断が難しい」「対象者ごとに問題点が異なる場合は、改善策を見つけにくい」「計測データの取り扱い」などの課題があるという。

 このように、実施する側にも受ける側にも、負担がかかる制度ではあるが、結果をうまく職場改善に生かし、長期休業者の減少や従業員のパフォーマンス向上につなげられれば、事業者側にとっては大きな利益になる。渡辺氏も、「長期休業者10人が能力を発揮できるようになれば、彼らにかけていた1億円分のコストが浮く。事業者も従業員も、働きやすい職場の実現や生産性の向上といった目的を明確にとらえるのが、成功させるポイントだ」としている。

 厚生労働省によると、13年度の精神障害による労災請求件数は1409件と過去最多となり、従業員のメンタルヘルス対策は、待ったなしの状態になっているという。自分のストレス状態を他人に知られるのが嫌な人もいるだろうが、まずは、制度について理解を深めてみてはいかがだろうか。

(ライター・南文枝)