この作品で彼女が演じたのは、真田広之演じる「真面目サラリーマン」をそそのかし、共犯に引きずりこむ「快盗」加藤留美です。ここでの小泉今日子の眉毛のラインや髪形は、あきらかにオードリー・ヘプバーンを意識しているように見えました。

「不意に思い立って、スタイリストから泥棒に転身しようとする」という留美のキャラクターは、現実離れしています。「妖精」と呼ばれ、生身の人間とは思えないような雰囲気のあるオードリーに似あいそうな役どころといえます。小泉今日子も、まさしくオードリー風の「ファンタジックなかわいらしさ」で留美を演じています。

 公開当時の映画評を見ても、『快盗ルビイ』の小泉今日子からオードリー・ヘプバーンを連想した人は多かったようです(注2)。これに対し、『十階のモスキート』のリエは、ソフィー・マルソーを思わせます。マルソーは、小泉今日子と同じ1966年の生まれ。1980年の映画『ラ・ブーム』(日本での公開は1982年)で世界的な人気を得ました。

『ラ・ブーム』でのマルソーは、「不良」の役ではないものの、「思春期の少女」のリアルなたたずまいを感じさせます。体つきも、成長期のさなかだけあってアンバランスです。そんなソフィー・マルソーと、生活感の伝わって来ないオードリー・ヘプバーン。どちらの雰囲気も表現できる女優は、古今東西を通じて珍しいといえます。若き日の小泉今日子は、まさにその「珍しい女優」でした。

「なんてったってアイドル」を歌ったり、全身黒塗りで雑誌の表紙に出てみたり――アイドル時代の小泉今日子は、猛烈に「キャラが立っていた」ように思われています。しかし、演技をする際には、デビュー当初から役によって「身にまとうオーラ」を自在に変えるタイプでした。

 木村拓哉の芝居は「どの役をやってもキムタクがキムタクしている」と評されます。作中世界の人物像よりも、木村拓哉の個性がつねに前面に出ているからです。役者としての小泉今日子は、そういうタイプのまさしく対極にいます。

「小泉今日子の最大の強みとは?」につづく

※助川幸逸郎氏の連載「小泉今日子になる方法」をまとめた『小泉今日子はなぜいつも旬なのか』(朝日新書)が発売されました

注1 小泉今日子『原宿百景』(スウッチ・パブリッシング 2010)など
注2 富田薫「偶像(アイドル)崇拝はやめられない」(「キネマ旬報」1988年11月下旬号 キネマ旬報社)など

助川 幸逸郎(すけがわ・こういちろう)
1967年生まれ。著述家・日本文学研究者。横浜市立大学・東海大学などで非常勤講師。文学、映画、ファッションといった多様なコンテンツを、斬新な切り口で相互に関わらせ、前例のないタイプの著述・講演活動を展開している。主な著書に『文学理論の冒険』(東海大学出版会)、『光源氏になってはいけない』『謎の村上春樹』(以上、プレジデント社)など