一泊数百円で旅を満喫!? アフリカ宿事情 <アフリカン・メドレー> 〈アサヒカメラ〉|AERA dot. (アエラドット)

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一泊数百円で旅を満喫!? アフリカ宿事情 <アフリカン・メドレー>

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典型的な宿の室内。サハラ以北と南部アフリカ諸国を除いた国々では、蚊帳が用意されている。 アベポゾ・トーゴ 2012年/Avepozo,Togo 2012

典型的な宿の室内。サハラ以北と南部アフリカ諸国を除いた国々では、蚊帳が用意されている。 アベポゾ・トーゴ 2012年/Avepozo,Togo 2012

派手な色合いのペンキで壁を塗るケースもしばしば。この宿では、廊下も室内もトイレも、全てがピンク一色だった。 ラバト・モロッコ 2001年/Rabat,Morocco 2001

派手な色合いのペンキで壁を塗るケースもしばしば。この宿では、廊下も室内もトイレも、全てがピンク一色だった。 ラバト・モロッコ 2001年/Rabat,Morocco 2001

部屋に戻ると、私のベッドの上で猫が寝ていた。南アフリカは寒い。私の体温が残る布団が心地よかったのだろう。 ネルスプロイト・南アフリカ 2009年/Nelspruit,South Africa 2009

部屋に戻ると、私のベッドの上で猫が寝ていた。南アフリカは寒い。私の体温が残る布団が心地よかったのだろう。 ネルスプロイト・南アフリカ 2009年/Nelspruit,South Africa 2009

 広大なアフリカ大陸のうち25カ国を訪ねてきた、フリーランスライターで武蔵大学非常勤講師の岩崎有一さんが、なかなか伝えられることのないアフリカ諸国のなにげない日常と、アフリカの人々の声を、写真とともに綴ります。

 今回は、寝泊まりするためだけない、宿の魅力にまつわるお話です。

【アフリカン・メドレー フォトギャラリー】

*  *  *
「アフリカに行って、泊まるところとかは大丈夫なの?」

 私がよく聞かれる質問のひとつだ。日本語は奥ゆかしい。「大丈夫なの?」には、複数の問いが込められている。

 私は過去に2度、フランスから南アフリカまで陸路をバイクで旅している。道中、テントを携えてはいたが、サハラ砂漠やザイール(現コンゴ民主共和国)の熱帯雨林の奥深くなど、野営をした地点は片手で数えられる程度だ。ほとんどの夜を、私はどこかの宿で過ごしてきた。
 主要道路を移動している限りでは、○○HOTELや○○INNといった看板がいくらでも見られる。小さな街であっても、尋ねてみればどこかに宿はある。私の体験では、泊まる場所がないために困ったことは一度もない。

アフリカの宿事情、さほど気構えるほどのものでもない

 アフリカ各国の首都や主要都市ならば、快適なホテルはいくらでもある。消毒液の匂い漂うバスルームと、シーツがピンと張られたベッドを見つけることは難しくない。国によっては、あのヒルトンホテルだってある。室内の快適さも宿泊料も、日本国内のそれとほとんど変わらない。

 今もヒルトンを選ぶ財力のない私は、現地の人々が一般的に利用する宿に泊まっている。安いところでは、一泊数百円程度で泊まることができる。

 国や地域を問わず、よく見られる安い宿の様相は、だいたい同じだ。
へたったスプリングに少し湿った感じがするマットが載せられたベッド。天井に備え付けられた、ぶんぶんと音ばかりして涼しくないファン。温水の出ないシャワー。紙が常設されていないトイレ。青やピンクなど派手な色のペンキで塗られたコンクリの壁。建て付けがよろしくないため、閉めるのに少々コツの要るドアと鍵。部屋そのものは極めて殺風景で、室内で長くくつろいでいたい気持ちにさせてくれる部屋は、あまりない。

 それでも、シーツと枕カバーは洗いたてで、毎日ゴシゴシとモップがけされた床は、サラリときれいなものだ。汗を流して眠りにつくための施設という宿の要件は、ちゃんと満たされている。

 外国人滞在客の中には、宿のスタッフのことを端からまるで信用しない人を時々見かけるが、現在までのところ私は、宿で金品を盗られたり、納得のいかない請求をされたりといったトラブルにあったことはない。疑ってかかるよりも、まずは信頼して接するほうが、トラブルに遭う確率はぐっと低くなるものだ。遥か遠方からの来訪者に気持ちよく滞在してもらいたいとのホスピタリティを、ほとんどの宿で感じることができた。常に注意を払いつつも、宿で働く人々の心配りに身を委ねたい。

 夜を明かすだけでなく、様々な情報と勘所を得る上でも、宿は重要だ。外国人が訪ねるには危険な地域が周囲にあるか、安くてうまい食堂の場所はどこか、次の街に向かうバスはどこで乗ればいいのかなど、まずは宿で働く人々の教えを請うのが正解への近道である。

 私の場合、特定の地域や対象、テーマについて取材する上で、手がかりとなる人物と取材前から繋がっていることは少なく、宿を起点に、じわじわと人のつてを広げながら、知りたいことの核心に近づいていくことが多い。

 本連載の4回目で登場したドゴン族のハミドゥ(前回記事:ドゴンのマスク・ダンスを訪ねて)とは、マリ共和国のモプチという街にある宿のご主人の紹介で知り合った。街の顔でもあり頭の切れるハミドゥは、この地を案内するだけでなく、様々な人物を私に繋げてくれた。モプチのとあるレストランのオーナーを紹介してもらい話を聞いていたところ、お客として来ていたマリ国軍の高官と出会い、私がまだ訪ねたことのないマリ北部の状況を聞けたこともあった。
 スタッフから宿のご主人を紹介され、ハミドゥ、レストランのオーナーへとつながり、軍の高官にいたるまで続いた人と人との連鎖は、私が宿のスタッフに話しかけたことから始まっている。

 アフリカの国々を訪ねて現地の人々と話をしていると、あの大陸に生きるすべての人たちは、互いに皆どこかで繋がっているように感じられてくる。バスの中で見かけた気になる異性も、ネットで見つけた素敵なアーティストとも、泊まった宿のスタッフをはじめ、身の回りにいる人々を辿っていけば、案外あっさりと会えるかもしれないとすら思えてくる。

 私のようなよそ者が現地に深く入っていくためには、身の回りにいる人々と繫がっていくしかない。宿は、眠るためだけでなく、様々な人の網に繋がるための起点ともなる場所だ。初めて訪ねるアフリカの地であっても、宿の人々のおかげで、私は数々のかけがえのない出会いを重ねてきた。

 知り合いがいなくても、一人旅でも、アフリカの宿で「ぼっち」を感じさせられることはない。寂しがり屋さんでもきっと、大丈夫。


岩崎有一(いわさき・ゆういち)
1972年生まれ。大学在学中に、フランスから南アフリカまで陸路縦断の旅をした際、アフリカの多様さと懐の深さに感銘を受ける。卒業後、会社員を経てフリーランスに。2005年より武蔵大学社会学部メディア社会学科非常勤講師。

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