スイス国内での郵便事業を担う、国営企業スイスポスト。狭い国土に3400カ所もの郵便局があるという、郵便利用が盛んなスイスにおいて、同社の新しい武器となるのがドローン(小型無人飛行機)だ。スイスポストは米国のベンチャー企業であるマターネットと提携し、彼らのドローンを配送用に導入することを計画。2015年7月から実証実験を開始している。
実験段階とはいえ、導入されたドローンは1kgの荷物を載せて、10kmの距離を飛行できる。しかも専用のクラウドにアクセスし、安全な飛行経路を自動で設定するという優れものだ。当面は医薬品などの緊急輸送が想定されているものの、実験が順調に進めば、スイスが世界初の「ドローンによる郵便事業」を開始する国になるかもしれない。
いまドローンを業務で活用しようとしている企業は、スイスポストだけではない。日本でも、警備に利用しようというセコムや、建設現場での測量に利用しようというコマツ、インフラ点検に利用しようという東日本道路公団など、多くの例が登場している。なぜ急に、企業がドローンに関心を示し始めたのだろうか?
●「ラジコンヘリ=ドローン」ではない
いま注目を集めるドローンとは、小型の無人飛行機を指す。多くが「マルチコプター」(複数の回転翼を持つヘリコプター)と呼ばれる形状をしており、地上から操縦者が操ったり、あるいはマターネットのドローンのように、ドローン自体が自動で経路を設定したりして飛行する。ただそれだけなら、これまでのラジコンヘリでも取り組まれていたことだ。ビジネスでの利用についても、たとえば日本では1980年代から、農薬散布にラジコンヘリを利用することが取り組まれている。最近のドローンは何が違うのだろうか。
最大の違いは、高度な自律性だ。これまでのラジコンヘリは機体の制御が難しく、操縦には高度なスキルが必要だった。しかしドローンでは、複数の回転翼をソフトウェアが制御することで、高い安定性を実現している。また緊急時に、自動で出発地点まで戻る機能を備える機種まで登場した。まだ「絶対に落ちない」というレベルではないが、これまでのラジコンヘリより、ずっと取り回しやすくなっているのだ。
また機体の小型化と低価格化も見逃せない。スマートフォンにも搭載されているセンサー類やバッテリーなどを使うことで、最近のドローンは非常に高度な性能を備えながら、コストと機体サイズを抑えることに成功した。つまり誰もが手軽に導入して、その性能を試してみることが可能になったのである。
特にビジネス用のドローンは、この「自律性」と「小型化/低価格化」という2つの特徴を、高いレベルで同時に実現しようとしている(図1の「D」の領域)。その結果、多くのビジネスの現場で導入の検討が始まっているのだ。
●ドローン・ビジネスの可能性
自分で考えて作業をこなしてくれる「空飛ぶロボット」が、わずかな投資で手に入るとしたら――いままで業務を縛っていた制約の多くが、一気に取り払われる。ドローンが荷物を運んでくれたら?空から地上や施設の様子を確認してくれたら?センサーを搭載して、様々なデータを一気に集めてくれたら?いま多くの人々が思い描いているのが、そうしたドローンを使った革命的なビジネスの変革である。
既にそうした構想が、スイスポストのドローン配送のような形で、現実になろうとしている。ドローン技術の進化は始まったばかりだ。これから数年のうちに、SFの中だけだった話が実際のビジネスとして登場してくるだろう。