人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は「簡素にまさる美はなし」。
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大相撲の春場所(大阪場所)が無事終わった。関係者にとってはハラハラドキドキの毎日、無観客ではあったが途中千代丸の発熱などもあり、まずは無事だったことが相撲ファンにとっては何よりだった。
決断した八角理事長の思いは格別だったろう。表彰式で関係者を代表して挨拶した言葉が途切れることもあり、目が赤くなっていた。
こうした形式を見たのも初めてである。幕内力士全員と関係者が土俵をとり囲み、国歌斉唱後、優勝した白鵬に賜杯と優勝旗が手渡された。さらに総理大臣杯に続き、いつもなら延々と各国や関係団体の賞が続くのだが、今場所は時が時だけに自粛。
そのかわりというか、新弟子の若者たちが紹介され、彼らによる三本締め。土俵の上には御幣が飾られている。神へのささげものであり、土俵とは神聖な場である。相撲は神事なのだということを改めて認識した。三賞の発表もあり、実に簡素な表彰式だったが、これが良かった。
いつもの表彰式で見ることのできない相撲本来の意味を考えさせられた。
簡素であることは美しい。いつもは大勢の客の声や姿で見えなかった清々しさに感動した。