「我が唯一の望み」金色の涙模様が散る青い幕屋の前で、宝飾品を手にする貴婦人。幕屋にはフランス語で「我が唯一の望み」という銘文が掲げられている(撮影/写真部・松永卓也)
「我が唯一の望み」
金色の涙模様が散る青い幕屋の前で、宝飾品を手にする貴婦人。幕屋にはフランス語で「我が唯一の望み」という銘文が掲げられている(撮影/写真部・松永卓也)

 真紅の背景に千花文様(ミルフルール)がちりばめられ、中央には美しい貴婦人が優雅に立つ。彼女のそばには神話上の生き物、一角獣が寄り添う。美しくも神秘的な、6枚のタピスリー「貴婦人と一角獣」が、パリ・国立クリュニー中世美術館から日本にやってきた。

 しかしこの美しいタピスリーには謎が多く、実は注文主もはっきりしていない。

 手がかりは、6枚の全てに織り込まれている三日月の紋章だ。この紋章は、当時、パリの法曹界で要職に就いていたル・ヴィスト家のものだとわかっている。またこの紋章は、一族のなかでも当主にのみ使用が許されたものだ。

 こうした状況と作品の様式などから、制作されたのは1500年前後で、注文主はこの時期に当主だった、ジャン4世かアントワーヌ2世のどちらかと言われている。

「これまではジャン4世を注文主とする説が有力でしたが、近年、紋章学の見地からアントワーヌ2世だったのではないか、という見方も出てきました。今回の展覧会では、アントワーヌ2世を注文主としていますが、完璧な証拠が出たということではありません。こうした考察も自由に物語を考えられるという、ひとつのありかたですね」(クリュニー中世美術館のエリザベット・タビュレ=ドゥラエ館長)

 タピスリーには共通して島が描かれており、そこには様々な花が咲き、木々は豊かな実りをつけている。貴婦人と一角獣だけでなく、その他の動植物も花園で寛いでいるようで、タピスリーの中ではウサギと犬やライオンが仲良く見つめ合っている様子などが描かれている。

 タピスリーが作られたのは15世紀末頃。華麗なブルボン王朝が始まる前、ヴァロワ朝の時代で、イギリスとの百年戦争が終わったとはいえ、国同士の関係はつねに緊張をはらんでいた。こうした時代に、パリの法曹界で昇進を重ねていった野心家の当主の誰が、なぜこのような寓意に満ちたタピスリーを注文したのだろうか?

「ジャン4世を注文主とする説も捨てがたいです。彼は自らを騎士の姿になぞらえたステンドグラスを作らせており、そこには貴族になりたかった夢が描かれていると思うからです。タピスリーを注文するのは、当時、富と権力、そして自分の芸術的センスを見せる機会です。『貴婦人と一角獣』は当時の最高の職人と工房に作らせている。それが可能だったこと自体が、ステータスを表しています」(美術史家の金沢百枝氏)

AERA 2013年5月20日号