去年の春に上演予定だった舞台は中止になった。その後も、「いつ中止になるかわからない」という中で稽古をしなければいけなかったこともある。

「『ショックで何週間も立ち直れなかった』という俳優さんの声も聞きますが、私はそんなことはなかったですね。舞台は、本番よりも稽古のほうが好きで、そのお稽古が取りやめになっても、『じゃあ明日、家の掃除ができる』みたいな(笑)。『本番のために!』という意気込みが人より少ないのかも……なんて言ったら呆れられちゃうかもしれないけれど。とにかく呑気なんです」

 とはいえ、ひとたび演劇に向かうとなると、世間の声を聞いている余裕はなくなるらしい。

「いつもなら必ず見るニュースや新聞に目を通さなくなりますね。政治家が変なこと言ったとか、そういう時事ネタには疎くなります。作品の世界の中に入るから、日常的なことは薄れちゃうんです」

 現在稽古中の舞台は、生前「最もノーベル文学賞に近い作家」と呼ばれた安部公房の代表作「友達」。一人暮らしの男の元に現れた9人家族が、隣人愛を唱えながら男の部屋を占拠する不条理劇だ。登場人物は15人。会話劇なので、緑子さんもセリフが多いわけではないが、「とにかく難しいです」と頭を抱える。

「今のところ、この作品の何が面白いのか、正直まだわからない(笑)。ただ、今なぜこの作品を上演するのか。その意味を私なりに考えると、隣人愛を唱えながら9人家族に部屋を占拠されてしまう青年は、今の日本の姿に重なる部分があるのかな、と。青年がどんなに正論を言っても、最後は大きな闇に巻き込まれてしまう。その理不尽さは、今私たちが抱えているイライラやザワザワと似ている部分があると思う」

 また、「もしこれを家族の話とするならば、これだけ孤独死の多い世の中に、こういう厚かましい家族がいることは、逆に素敵なことなのじゃないのかしらと思ってしまう」とも。

「今って、隣に誰が住んでいるかも知らずに生活するのが当たり前になっているでしょう? 厚かましい集団であっても、孤独な人に手を差し伸べたり、人と積極的に関わろうとすることはむしろ必要なんじゃないかと思ってしまう」

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