<「マヌケ」って、いい言葉だよね。ぼくはこの言葉が大好き。やさしくて、あったかくって>
えっ、そうなの?と思った方は読んだほうがいいですね。萩本欽一『マヌケのすすめ』。これ、まるごと一冊「マヌケ道」を追究した本なのよ。マヌケでしょ?
<ぼくのイメージだと「バカ」の反対が「マヌケ」>だと萩本センセはいうのである。<「バカ」っていう言葉を使うときは、相手を許す気持ちはあんまりない>が<「マヌケ」っていうのは、相手を攻撃する言葉じゃなくて、許す言葉なんです>。つまり愛情表現だと。
なので「お前、ほんとマヌケだね」といわれて神妙に「すいません」と謝るのは間違いです。そういうときは「やっちゃいました!気をつけます」ぐらいで。
重大な失敗はともかく部下が小さなポカをやったときも「バカ、何やってんだ!」と責めちゃだめ。「ハハハ、マヌケだねえ」と笑ってやる。「俺はなんてバカなんだ」と思うと深刻になって立ち直れないが、「俺はなんてマヌケなんだ」と思えば、あきらめがつく。
お子さんを叱るときも同じです。「このバカ!」と叱っていると子どもの自尊心は傷つくが、「まったく、マヌケなんだから」なら大丈夫。子どもにはやさしい気持ちが伝わるし、親も「まあしょうがないか」と思えてくるよ。
なるほどなあ、魔法の言葉だなマヌケって。と思えたあなたにはマヌケの素養がある。なにしろマヌケは直らない。つらい状況に気がつかないし、反省が長続きしない。ほめられることが少ないので、おだてられるとすぐ木に登る。
後半では萩本センセがマヌケの力でどれほどいい目を見たかが、コント55号時代や「欽どこ」時代、73歳で入学した大学生活などの経験もまじえて語られている。
<お前は悩みがなさそうでいいなあー>はマヌケにとって最高のほめ言葉。<マヌケは天から授かった“才能”なんです>。そうなんだ、すごいなマヌケ、と思うのは少し違うかも。すごくないのがマヌケの美点。啓発の逆を行くステキな自己啓発書だ。
※週刊朝日 2020年6月5日号