日米開戦(真珠湾攻撃)の日である12月8日は戦争を考える重要なメモリアルデーのひとつ。『セレクション戦争と文学4 女性たちの戦争』は、大型企画「コレクション戦争×文学」(全20巻+別巻1/2011~13年)から十五年戦争関係の巻を選んで文庫化した全8冊シリーズの一冊。女性作家の小説やエッセイを中心に27編の作品が収録されている。戦時中に書かれた翼賛的なものから、当時をふりかえって戦後に書かれたものまで中身はいろいろ。
中本たか子「帰った人」(1943年初出)は慶応ボーイに恋した若い女性の物語である。彼は毎日銀座に出かけ、一人前の社会人みたいに背広を着こなすスカした都会の青年だった。その彼に召集令状が来た。主人公の素子は<彼さえ望んでくれたなら、彼と結婚しよう>と心に決めていたが、ノモンハンで九死に一生を得て6年ぶりに帰還した彼は、まったくの別人になっていた。何を聞いても杓子定規に<はっ、そうであります>と答え、自分の手で茶碗を洗い、貧しい戦友の家も平気で訪ねる。そのうえプロポーズに続く言葉は<父の持っている農場へかえって百姓をしましょう>。ええーっ! しかし彼女は電車の轟音を聞き、彼が戦車の中ですごした6年を思い、一生この人を支えようと決めるのだ。プロパガンダ色は薄いが、戦時下に生きる若い男女の模範的な生き方はこれだ、といわんばかりの恋愛小説。
一転、田辺聖子「文明開化」(1965年初出)が描くのは敗戦直後の阪神間の風景である。<大東亜共栄圏なんてウソやんけ><デモクルシイというのは進駐さんの、何でも教育勅語みたいなものだそうでございますね>。好き放題を口にする大人たちに、主人公のトキコは驚きを禁じ得ない。<そんな博識を戦時中はよくも隠しおおせたものである。知らないのは少年少女ばかりではないか。オトナは何ひとつ教えてくれていなかった。知っているくせに>。
2作の間の溝こそが有事と平時の差。通常イメージする戦争とは一味違う充実した一冊だ。
※週刊朝日 2019年12月20日号