書名も版元も意外といえば意外。『憲法九条は世界遺産』。著者は2012年に政界を引退するまで当選連続10回、党幹事長などの要職を歴任し、日本遺族会の会長も務めた自民党の元大物代議士・古賀誠氏である。保守派といっても戦争体験者だもんね、平和への思いは強いよね、とおおざっぱに予想しますよね。でも……。

 1940年、古賀誠は福岡県大牟田市に近い瀬高町(現みやま市)で生まれた。2歳のときに父は出征して帰らぬ人となり、母は乾物の行商をして二人の子どもを育てた。<貧乏はイヤだ。こんなに一生懸命に働かなければいけない母親の姿を見るのはイヤだ>という思いを抱いて成長した古賀少年。その彼が政治を志したのは<母親だけがそういう目に遭っているのではなかったからです>。兄弟姉妹を亡くした人、夫や子どもを亡くした女性。子どもたちには未来がある。だが母たちは?

 高校時代の恩師の口添えで大阪で1年間の丁稚奉公をした後に上京、地元出身参院議員宅で書生をしながら大学に通い、12年の秘書生活を経て、80年、39歳で衆院議員に初当選。その際に<私の応援をしていただいたあのおばさんも、隣の奥さんも、聞いてみると全員戦争未亡人だというじゃないですか>。それが古賀誠の原点。彼が思う戦争被害者には具体的なイメージがあるわけだね。

 だからこそ彼はいうのだ。先の戦争では<子どものために人生のすべての幸せを捨てた戦争未亡人はじめ多くの戦争遺族の血と汗と涙が流されました。その血と汗と涙が、憲法九条には込められています>。さらに9条は<世界の国々に与えた戦争の傷跡に対するお詫びをも世界の国々に対して発信をしているのです>。<そもそも「憲法九条改正」など、ときの権力者が言うことではありません。憲法は国民のものなのです>

 体験に裏打ちされた、シンプルだけど力強いメッセージ。靖国神社のA級戦犯合祀に怒り、解釈改憲に憤る人の憲法論。平和を語るのにイデオロギーはあまり関係ないのだと、あらためて思った。

週刊朝日  2019年11月1日号

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