
「娘から見ると母の気持ちは理解しやすいのですが、父にはどこか謎があるんです」と、ノンフィクション作家の梯久美子さんは言う。
『この父ありて 娘たちの歳月』(文藝春秋、1980円・税込み)は小説家、詩人、歌人など9人の「書く女」とその父との関係を描いたもの。取り上げるのはいずれも、梯さんが愛読してきた作家だ。
石垣りんは、詩の中で父とその4番目の妻の関係を「鼻をつまみたくなるのだ」と表現した。
「父をここまで突き放して描いたのはすごいと思います。それほど父を嫌悪していたのに、りんは一人で働いて一家を支えたんです」
修道女の渡辺和子は9歳のとき、二・二六事件で教育総監の父・錠太郎が目の前で射殺されるのを目撃した。
「和子さんにインタビューしたことがあるのですが、戦後、叛乱軍の一人と会った際、相手に憎しみを感じたことを、『父の血が流れていると思ってうれしかったですね』と話されていました。自分に対してとても正直な人でした」
一方、二・二六事件で叛乱軍を支援した齋藤瀏(りゅう)を父に持つのが、歌人の齋藤史(ふみ)だ。彼女は父のことを「おかしな男」と歌に詠んだ。
「時代に左右されて、何者にもなれなかった父への気持ちが表れていると思います」
作家・島尾敏雄の妻である島尾ミホは、奄美の父を捨てたという思いを生涯抱えていた。
「実は養父でしたが、彼女はそのことを隠していました。自分が素晴らしい父の娘だったという物語を守りたかったのかもしれません」