他の章も同様に、和花が傍聴する裁判で、不知火が「勇気を持って真実を答えてください」という前置きのもと、被告人に質問を投げかけるパターンで統一されている。それらの質問は、和花をはじめとする傍聴人や、不知火以外の裁判官、検事や弁護士にも全く意味不明な内容であり、被告人自身ですら意味を理解できない場合もある。ところが、質問は微細な違和感を見逃さない観察と鋭利な推理をもとにして、事件の本質が奈辺にあるかを正しく射ぬいたものであり、その一言によって法廷の景色は一変し、見せかけとは異なる事件の哀しい真実が浮かび上がるのだ。

 エラリー・クイーンの「国名シリーズ」を代表に、本格ミステリーでは、事件解決に必要な手掛かりがすべて揃った時点で「読者への挑戦状」が挿入される場合がある。本書の場合、不知火が一見意味不明な被告人質問をした時点こそが、法廷で争われている事件の真実を見抜くための手掛かりが揃った瞬間であり、広義の「読者への挑戦状」だと言える。

 このことからも窺えるように、本書は著者の作品中、最も本格ミステリーの要素が色濃い仕上がりとなっている。「読者への挑戦状」に象徴されるフェアプレイの重視という点ではエラリー・クイーン風とも言えるけれども、不知火の一言から読者が真相を完全に見抜くのは至難の業であり、どちらかといえばG・K・チェスタトン風の、大胆な逆説的ロジックでサプライズを演出する系譜に近い。

 和花自身がある事件の関係者として法廷に立ち、密室の謎をめぐって推理を披露することになる最後の第五章「書けなかった名前」に至るまで、意外な展開がこれでもかとばかりに用意されたミステリーである。

週刊朝日  2022年12月30日号