『至上の愛 ライヴ・アット新宿ピットイン』エルヴィン・ジョーンズ・スペシャル・カルテット
『至上の愛 ライヴ・アット新宿ピットイン』エルヴィン・ジョーンズ・スペシャル・カルテット
この記事の写真をすべて見る

 エルヴィン・ジョーンズ盤を取り上げるのは第36回に続いて二度目となる。その際に書きそびれた初来日時の騒動にふれておく。1966年11月に「第3回ドラム合戦」の三枚看板で初来日したがツアー中にトニー・ウィリアムスが麻薬所持で逮捕、巻き添えで嫌疑を受けたエルヴィンは容疑を認めず裁判の運びに。費用の捻出に12月から1月まで「ピットイン」に出演、連日大入満員の盛況でギャラの全額がエルヴィンに渡されたが、結局は証拠不十分で送還された。大の親日家になったのはこのときの支援の賜物だろう。それからも入国許可はおりず、再来日できたのは11年あまりを経た1978年4月だ。一度許可がおりればあとはおかまいなしか、それからは毎年のように来日、年末/年始の「ピットイン」公演は年中行事と化した。逝去した2004年を含めて確認できただけで21度は来日している。来日時に残した録音は11作(欄外【来日時録音】参照)あり、リーダー作は4作だ。3作がライヴ作で第36回で取り上げた再来日時の第一作を含む。推薦盤はウィントン・マルサリスを迎えた「ピットイン」公演をとらえた屈指の傑作だ。

 共演にかけるウィントンの思いには並々ならぬものがあり、多忙ななかでエルヴィンと打合せを重ねた。本人曰く「エルヴィンとやるんだから、コルトレーンのレパートリーをいくつかやってみたかった」と。思いは実り大作《至上の愛》への挑戦が目玉になった。

《至上の愛》は同名アルバムから。オリジナルは〈承認〉〈決意〉〈追求〉〈賛美〉の4部構成で33分あまり、推薦盤では〈賛美〉を除く3部構成だが47分あまりに及ぶ。

〈承認〉は導入部をテンポ・ルバートでひとしきり、レジナルド・ヴィール(ベース)が例のお題目を刻んでイン・テンポ。ウィントンは逸る気持ちを抑えるように吹き進むが、エルヴィンのダイナミクスに富むドラミングに矢も盾もたまらず終には熱情を迸らせる。奔放極まりないが創造的、無駄な音は一つもない。鳥肌ものだ。〈決意〉はさらに凄い。テーマに続くマーカス・ロバーツ(ピアノ)入魂のソロに口あんぐり、恐るべき集中力で縦横無尽に翔け巡るウィントンに張り倒される。神懸かりというほかない当夜の白眉だ。無骨が魅力のヴィールのソロに始まる〈追求〉でのウィントンはひたすら歌心に溢れる。エルヴィンが神業を、ウィントンがインプロヴァイザーとしての凄みを発揮した名演だ。トレーンの精神を忠実かつ創造的に甦らせて遺憾がない。ウィントン曰く《至上の愛》は「完成されたフォームになっているから、それを他人が変えてしまうことは許されない。でもその中で、ぼくたちなりのクリエイティヴな演奏をしたと思っている」と。然りだ。

《ディア・ロード》は名盤『トランジション』から。トレーン極め付きのバラードだ。ウィントンはこの佳曲を卓越したトーン・コントロールとヴォリューム・コントロールでこのうえなく美しく清らかに綴り上げていき深い感動を呼ぶ。これもまた当夜の白眉だ。トレーンへの敬意からだろう、ロバーツも決して弾きすぎず凛としたタッチで魅了する。

《ハッピー・バースデイ・フォー・ユカ》は当日が誕生日の女性客を祝福した演奏だ。ウィントンのファンでエルヴィンの「愛と平和」の崇拝者だとされる。中身はおなじみの《ハッピー・バースデイ》だが、エルヴィンの編曲はなんとニューオリンズ・ジャズ風。トレーン曲のあとでは場違いな感は否めないが当夜の歓喜が伝わる楽しい演奏ではある。

《ブルース・トゥー・ヴィーン》はエルヴィンに捧げたウィントン自作のブルースで、アンコールナンバーだ。珍しくも演奏の前後でケイコ・ジョーンズ夫人のMCが聴ける。ディープ・ブルースではない。アフター・アワーズ風の寛ぎに満ち、ウィントンは流れに身をゆだねるように悠然と吹き連ね、ロバーツ、ヴィールのツボを心得た好ソロが続く。

 両雄屈指の傑作だが不満がないわけではない。まずは収録曲だ。合わせて54分弱ある《至上の愛》と《ディア・ロード》だけでよかったのではないか。後続の2曲も上々だが作品としての価値を薄めている。興奮の一夜を完全収録したい気持ちもわかるが、作品の完成度も大事だろう。つぎに音質だ。録音レベルが低くエルヴィンが割りを食っている。《至上の愛》と《ディア・ロード》だけを音を上げて聴けば文句なしの大名盤なのだが。22年前に発売されたきりだが、好セールスを記録したのか中古盤の入手には困らない。[次回11月7日(月)更新予定]

【来日時録音】
Live in Japan / Elvin Jones Jazz Machine (Trio/78.4.8-9) 第36回推薦盤
Giant Steps-# & b meet Elvin Jones by Frank Foster (King/78.4.19)
Moonflower-Fumio Karashima Meets Elvin Jones (Trio/78.4.21-22)
Soul Train/Elvin Jones Jazz Machine (Denon/80.6.19)
Another Soil/Tomoki Takahashi-Elvin Jones (Denon/80.6.23-24)
Live at Pit Inn/Elvin Jones Jazz Machine (Polydor/85.8.1)
Trust in Blue-Akira Ohmori Meets Elvin Jones (Denon/88.3.9-10,23)
Jazz Battle/George Kawaguchi & All Stars (Paddle Wheel/90.11.2)
Tribute to John Coltrane "A Love Supreme"-Live at "Pit Inn" Tokyo, Japan/Elvin Jones "Special Quartet" (Sony/92.12.4) 今回推薦盤
Someday My Prince Will Come/The Great Jazz Trio (Columbia/03.8.1) 1 title in Tokyo
Collaboration/The Great Jazz Trio (Eighty-Eight's/04.2.5) 2 titles in Tokyo

【収録曲】
Tribute to John Coltrane "A Love Supreme"-Live at "Pit Inn" Tokyo, Japan/Elvin Jones "Special Quartet"

1. A Love Supreme Part I: Acknowledgement Part II: Resolution Part III: Pursuance 2. Dear Lord 3. Happy Birthday for "Yuka" 4. Blues to Veen

Elvin Jones (ds), Wynton Marsalis (tp), Marcus Roberts (p), Reginald Veal (b).

Recorded at Shinjuku Pit Inn, Tokyo, on December 4, 1992.

【リリース情報】
1994 CD Tribute to John Coltrane "A Love Supreme"-Live at "Pit Inn" Tokyo, Japan/Elvin Jones "Special Quartet" (Jp-Sony)
1994 CD Tribute to John Coltrane "A Love Supreme"-Live at "Pit Inn" Tokyo, Japan/Elvin Jones "Special Quartet" (US-Columbia)

※このコンテンツはjazz streetからの継続になります。

暮らしとモノ班 for promotion
シンプルでおしゃれな男女兼用日傘で熱中症を防ごう!軽さ&大きさ、どちらを重視する?