政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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「またトラ」(トランプ大統領再選)とともに世界中で右翼的な文化、イデオロギーや価値が支持されていますが、その理由はカウンターカルチャーの時代にまで遡って考えると、よくわかるのではないでしょうか。
トランプ大統領もクリントン元大統領もブッシュ(子)元大統領も1946年生まれです。いわゆる米国のカウンターカルチャーが一挙に噴き出した、68年の世界的な革命の時に一番多感な時期を過ごしています。クリントンがカウンターカルチャーの申し子だとすると、その対極にトランプがいて、真ん中にブッシュがいたわけです。
68年から始まったカウンターカルチャーが、重厚長大的な産業の衰退に代わる今日のGAFA(アップルやグーグルなど)に代表されるITや情報、流通や通信など、米国経済のエンジンとなり、米国は蘇りました。その推進力となったのが、ヒッピー文化の影響を受けたクリントン大統領です。このボヘミアン的なカルチャーは、19世紀後半以来の白人中産層をメインとする家父長制的で人種差別的な米国文化を掘り崩しました。
しかし、半世紀を過ぎてこれが逆転し、トランピズムや新しい右翼の台頭となって立ち現れつつあります。その意味で今起きていることはメインストリームとなったカウンターカルチャーに対する「反動」(リアクション)です。そのリアクションを思想や運動にとどめず、体制化し、家父長制的な盤石の一元的な価値秩序の上に揺るぎない国家を打ち立てているように見えるのが、ロシアであり、中国で、トランプ大統領や西欧の右翼的な党首や政治家が、ロシアに対して融和的なのは、彼らはそこに自分たちの社会にはないものを見ているからです。
果たして、こうした「反動」が米国をはじめ西側諸国を席巻し、それが「体制化」へと突き進み、長いスパンのトレンドになるのかどうか、予断を許さないと思います。いずれにしても格差を是認し、社会の分断には目を瞑ったまま、文化的な多様性や寛容を説いても「反動」に靡(なび)く人たちを説得することは難しいに違いありません。民主党のカマラ・ハリス米大統領候補の敗北はそれを意味しています。
※AERA 2025年2月10日号