姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 日本製鉄によるUSスチールの買収の禁止命令は、日本の各界に衝撃を与えていますが、このことはもはや政治と経済を分離することが幻想であり、政治あるいは軍事と経済とが一体化していることを浮き彫りにしました。それはポリティクス(政治)とエコノミー(経済)が不可分となった「ポリコノミー」と言えます。ランダムな政治的な決定で自国中心の経済的な利益を最大化しようとするトランプ大統領の登場は、ポリコノミーの極端な形態です。

 こうしたポリコノミーは、何もトランプ大統領の登場で始まったのではなく、冷戦崩壊後の中国の急速な台頭と米中の覇権競争とともに「経済安全保障」が浮上した頃から顕在化しました。これは、自由放任経済から国家による統制経済へと転換した1930年代の「大転換」を彷彿とさせます。ポリコノミーの時代になり、戦略的な物資や素材のサプライチェーンをはじめ、経済が国家による政治的=戦略的な判断で左右されるようになりました。ポリコノミーをゴリ押しして「強者」の立場を押し付けることができる国は、おそらく米国と中国、ロシアだけでしょう。圧倒的な軍事力と基軸通貨国の特権をタテにゴリ押ししようとしているのがトランプ大統領です。

 それでは日本のようなミドルパワーの国はどうしたらいいのでしょうか。ひとつのカギは、ミドルパワー同士の連携と協力を強化し、バイラテラルな米国との関係をヘッジ(回避)することです。その意味でASEAN(東南アジア諸国連合)の有力国を本格的な外遊の場所に選んだ石破政権の戦略に注目したいと思います。中国と戦力的な互恵関係=警戒と対話の同時進展を図りつつ、ASEANというミドルパワーとの結びつきを強化し、さらに隣国のミドルパワー(韓国)とのバイラテラルな関係の深化を図る。こうした石破外交の戦略は、米国と向き合うための基本的な外交戦略であり、日本がこれまでにない「アジア回帰」に向かうことになるかもしれません。トランプ大統領というポリコノミーが生み出した「鬼子」が、日本を「アジア回帰」へと向かわせる大きなキッカケになるとしたら、それは「歴史の狡知」と言えます。

AERA 2025年1月27日号

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