英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。
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英国の執筆業者や翻訳業者にとり、クリスマス商戦の本の売り上げは、部屋の暖房をつけることができるか、1月の寒さに凍えながら過ごすかを決めるぐらい決定的に重要だったという。
それは大袈裟だろうと思われるかもしれないが、英国のプロの執筆業者の年収の中央値は下がり続けている。2007年は1万2330ポンド(約240万円)だったが、22年には7000ポンド(約137万円)に減少していた。
英国国家統計局によれば、24年5月のイングランドの民間賃貸住宅の平均家賃は1301ポンド(約25万円)だから、執筆業者の平均年収は、半年分の家賃にも満たない。
今年はさらに厳しい状況になると言われている。本の売り上げに貢献する複数の文学祭が開催困難になるからだ。エディンバラ、チェルトナムなど九つの文学祭のスポンサーだった投資管理会社ベイリー・ギフォードが、出資を停止する。出版業界で働く人々による運動団体「Fossil Free Books」が、化石燃料業界やイスラエルに関連する企業への投資の撤退を同社に要求し、抗議活動を繰り広げたことに起因する。
問題ある組織からの支援は拒否する出版界でありたいという気持ちはわかるが、「シェイクスピアとディケンズとJ・K・ローリングの国」の作家たちの生活は、ますます苦しくなる。
英国のように音楽や演劇、文学などの文化的な魅力で観光客を呼び込んでいる国は、クリエイティブな職業の人々を政府が経済的にサポートすべきという論調もある。しかし、国家に援助される物書きはお上に物申すことができなくなるという考えもあり、これまた一筋縄ではいかない。そもそも、イスラエルへの武器輸出を許可していた英政府だって、汚点のないパトロンしか受け入れないのであれば、とてもクリーンとは言えない。
こうして執筆業は、すでに安定した職を持っている人や、経済的に余裕がある人しかできない仕事になりつつある。文化界には、人種やジェンダーなどのアイデンティティー政治的な多様性だけでなく、社会経済的背景の多様性も必要なはずだが、ここでも事態は逆の方向に進んでしまっている。
※AERA 2025年1月20日号