原田さんが俳優デビューしたのは1982年、14歳のとき。「時をかける少女」(83年)では主演を務め、同名の主題歌も歌い、高く評価された。いまでこそ、芝居の世界と音楽の世界を自由に行き来するアーティストも少なくないが、その先駆けと言える。自身のなかでどのようにバランスを取りながらこの40年を歩んできたのだろう。
分岐点となった出会い
「ペース配分は、自然とできてきた気がします」と原田さんは言う。俳優業は、オファーを待つのが仕事のようなところがあるが、「やってみたい」「自分が観客として見てみたい」と思える作品に出合えたら、毎回がデビュー作のような気持ちで役柄に向き合ってきた。
「次第に『映画を観て、音楽も聴く』という方々だけでなく、『おもに音楽を通して、原田知世を知っている』という方々にも出会えるようになった。それは、いまにつながるきっかけにもなりました」
10代で映画の主演と主題歌を手がけたこともあり、映画で演じる役柄のイメージと“音楽”は密接に結びついている、という意識が自分自身にもあった。だが、20代半ばで音楽家の鈴木慶一さんと出会い、音楽ではもう少し、等身大の自分を大切に、一つのパブリックイメージにとらわれずに向き合ってみたい、と感じたことが、ターニングポイントの一つとなったという。
「そう思えていなかったら、きっといまはなかったと思います。結果的に、常に飽きずに新しいことに向き合えている気がしますし、俳優であり歌手であることが、自分の『個性』と思えるようになりました。どちらか一方だけだったら、ここまで長く続けられなかった気もします」
40年と聞くと、とてつもない長さのように感じるが、自身は目先の目標を立てることはあまりなかったという。
「作品と人との出会いを重ね、気づけば『今年も終わった』という感じでここまできているのではないかな」と笑う。記者の目には、雰囲気がまったく変わらないように思えてならないが、「自分自身は毎年変化しているな、とは感じています」。
(ライター・古谷ゆう子)
※AERA 2024年12月9日号より抜粋