映画『キングダム大将軍の帰還』やドラマ『始皇帝 天下統一』など、始皇帝をモデルにした映像作品が人気を集めている。映画「キングダム」シリーズで秦国の総司令として存在感を示しているのが、玉木宏さん演じる昌平君だ。
映画『キングダム』の中国史監修を務めた学習院大学名誉教授・鶴間和幸さんは、著書『始皇帝の戦争と将軍たち』の中で、楚出身でありながら秦に仕えた昌平君の末路について解説している。新刊『始皇帝の戦争と将軍たち』(朝日新書)から一部抜粋して解説する。
【『キングダム』よりも先の史実に触れています。ネタバレにご注意ください】
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昌平君(しょうへいくん)│秦王を支え、秦王に抗戦した楚人
名前は伝わっておらず、秦王を支えた謎めいた人物として重要である。楚の王室の公子でありながら、他国の秦の危機を救った。秦の相邦となり、嫪毐(ろうあい)の乱で秦王を助けた。
「君」といわれるのは、将軍武安君白起、長安君成蟜のように、列侯など高い爵位をもった者の称号である。
昌平君ははたして、秦の国に命を懸けた人間であったのだろうか。
楚の王室の人間が秦に迎えられたのは、昭王の夫人・宣太后の一族の前例がある。一族の中には楚人でありながら、将軍として楚を攻撃し新市の地を奪った者もいる。他国秦のために自国の領地を攻撃する。その国際感覚はどのようなものであったのだろうか。
宣太后に付き従って秦に入った楚の一族は、秦の国のためよりも一族の宣太后の権力を維持するために行動していたと言ってよい。楚を棄てたわけではなく、それが結局は楚のためになるという思惑があったのであろう。
始皇帝の祖父・孝文王の華陽夫人も、荘襄王と秦王政の初期に華陽太后として政権を握った。華陽夫人も楚の出身である。昌文君と昌平君も華陽夫人に従って秦に入った楚人であり、昌平君は要職の相邦に就いた。二人は楚を棄てて秦に仕えたというよりも、華陽太后一族のために仕えたといえる。