ウクライナ戦争を受けて、日本は台湾有事への危機感から、防衛費の増税など安全保障政策の転換に踏み切った。だが、ウクライナ戦争から1年以上経過したいま、その危機意識は過熱気味だったという見方もあるようだ。どういうことなのか。中央大学教授・宮城大蔵さんに聞いた。AERA 2023年6月19日号の記事を紹介する。
【図表】各政府がウクライナに約束した軍事的、財政的、人道的援助はこちら
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ウクライナ戦争以降の1年余、数年以内にも台湾有事が起きる、といったシナリオが盛んに流され、メディアでも報じられています。
岸田文雄首相もこの間、「今日のウクライナは明日の東アジア」と繰り返し訴えていましたが、その背景には世論に危機感を喚起することで、近年の課題となっていた安保3文書の閣議決定や防衛費の大幅増額など安全保障政策の大転換を円滑に進める意図があったと思います。これらに必要な財源の確保は定まらないままで、ウクライナ戦争という突発的な事態を受け、「このタイミングをいかして世論の反発をかわそう」という思惑が先行した形ではないでしょうか。
しかし結果としては、習近平国家主席はプーチン大統領と同一視されることを避け、ロシアへの武器供与を拒否するなど政治的なバランスに力を注いだ面も見受けられます。
一方で日本の「政治バランス」はどうでしょう。ウクライナ戦争直後の「危機意識」は過熱気味だったのではないか、という検証も必要だと思います。米国から調達する巡航ミサイル「トマホーク」をはじめ、防衛のコストの大膨張は国民生活に直結します。
中国が軍事力を拡大しているのは事実ですから軍事バランスを維持するための抑止力の強化など相応の備えは必要です。その一方で大事なのは中国とのコミュニケーションを強化することです。これは「仲良くする」といった理想論を言っているのではなく、危機管理の観点から首脳間の意思疎通が重要だということです。緊張が高まり、本格的な軍拡競争に陥りかねない、あるいは万が一の軍事衝突が起きかねない状況であればあるほど、首脳間の意思疎通とそれを可能にする平時からのパイプの構築と維持が重要です。
双方が疑心暗鬼に陥るほど怖いことはありません。中国はウクライナ戦争をどう捉え、台湾情勢についてどれくらい切迫した認識を持っているのか。これは日本の外交・安保を考える根幹にかかわる話です。
しかし、伝わるのは米国経由のシンクタンクや軍関係者の情報ばかり。いわゆる台湾有事が必ずしも切迫したものではない、という見解は日本の駐米大使などからも示されているのですが、メディアが「より切迫している」という刺激的な発言に飛びつきがちな傾向もあると思います。