観光による弊害が各地で顕在化している。地価が高騰し、町並みやご近所コミュニティーが崩壊の危機にさらされている地域もある。「観光公害」を克服し、量から質への転換を考えるべき時期だ。ジャーナリストの清野由美氏がリポートする。
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京都市東山区の花街・祇園のメインストリート、花見小路。工事用シートに覆われた向こうに、7月8日に起きた火災の跡が、生々しくのぞいている。5棟が燃えた火災では、100年の歴史を誇る老舗のお茶屋も巻き込まれた。
「花見小路では、火事とは別に建て替え中の老舗が工事シートで囲まれているし、東京から大型ホテルの進出も予定されている。私たちが親しんできた眺めがどんどん変わっていて、この先、一体どうなってしまうのか……」
いがらっぽいにおいがただよう通りで、祇園出身の女性(66)が、ひそっと漏らす。その前を今日も大勢の観光客がぞろぞろと通り過ぎる。自撮り棒を掲げて闊歩(かっぽ)する男性。お茶屋の玄関先で撮影にいそしむレンタル着物姿の女性。彼らは、住人が抱く不安には思いが及んでいない。
仏教美術を専攻していた私は、学生時代から数十年にわたり、京都をひんぱんに訪れてきた。守旧的、伝統的な古都に異変を感じたのは2015年2月、春節のことだった。夕暮れに出かけた花見小路が人で埋まり、通勤ラッシュの様相を呈していたのだ。外国語を声高に話す人々は、お座敷に向かう舞妓さんにむらがって、その顔先でバシャバシャとスマホ撮影をしていた。
●五輪後のバルセロナでは、「観光客は帰れ」とデモ
そのわずか3カ月前、紅葉シーズンに訪ねた祇園界隈(かいわい)は、観光繁忙期にもかかわらず夜は閑散としていた。「こんなに人が来なくて、大丈夫か」と、まったく逆の老婆心を抱いていただけに、この急激な変貌(へんぼう)には衝撃を受けた。
15年はまさしく日本政府が「観光立国」のかけ声のもと、中国に対してビザ発給要件の緩和を行った年だ。それ以前からの円安で、日本に来る外国人観光客、いわゆるインバウンド数が増加していた中で、特に中国人観光客の存在感は急増。彼らによる「爆買い」が流行語になったのも同じ年だ。