東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン代表。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン代表。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
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 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 10連休が終わった。改元の祝賀ムードに包まれ、まるで正月が戻って来たかのようだった。5月1日を改元日に選んだ政権は慧眼だったというほかない。4月1日改元ではこうはいかなかっただろう。

 連休前半、筆者はロシアのウラジオストクで、30代の若い作家アフチェンコ氏に会っていた。氏は『右ハンドル』(群像社)という著作で、ソ連崩壊後の極東において中古日本車がなぜか反モスクワのシンボルへと育っていった過程を、虚実を入り混ぜた独特の筆致で描き、文壇の話題を呼んだ人物である。タイトルは日本車を指すとともに、政治的右傾化も示唆している。

 そんな氏との雑談で印象に残った言葉がある。それは「ロシアではずっと1991年が続いている」というものだ。ソ連は91年に崩壊した。ロシアは国内的にも国際的にもそのとき処理すべき問題の多くを放置してしまった。氏の考えでは、ウクライナとの紛争がいまごろ起きるのはそのせいである。

 この発言には深く考えさせられた。同じことは日本にも言えないだろうか。日本では91年よりさらに古い45年が続いている。日本もまた敗戦で処理すべき問題の多くを放置してしまった。その結果、いまだに中韓との関係は不安定で、ロシアとは平和条約すら結べず、歴史認識や領土問題をめぐって国内でも国外でも不満が蓄積し続けている。そもそもわたしたち自身の意識が、戦前からどれだけ変わっただろうか。それは天皇との関係も含む。

 元号は変わった。とはいえ状況はなにも変わっていない。少子高齢化、労働問題、沖縄基地問題、原発事故と内政だけでも難問は山積みである。いくつかの起源は昭和に遡る。令和は平成の負債を抱えて始まるだけではない。昭和の負債もまた返さなければならないのだ。その道は長く険しい。

 過去の負債を返し、止まった時間をふたたび動かすこと。それはむろん日本だけの課題ではない。筆者のウラジオストク滞在はたまたま金正恩の訪ロと重なり、北朝鮮の国旗を掲げた車列に出くわすことがあった。北東アジア全体がいまだに冷戦を生きている。

AERA 2019年5月20日号