
なぜ映画に“痺れた”のか。作品を作るたび、そういった自分の初期体験だけを追求していると岩井俊二氏はいう。
「子供の頃、映画を観て、“うわっ”と衝撃を受けたときのことは、今も鮮烈に覚えています。受け手が心を動かされるのは、作品を知る前には自分の中になかった何かが、突然飛び出てきた瞬間だと思う。すこし大げさな言い方をすれば、作品との出会いによって、自分の中の一つの時代が終焉して、新しい時代が始まるような。その境界線で起こる“何か”に、ずっと興味があるんです」
25日から始まる第29回東京国際映画祭。その「監督特集」で、岩井監督の映画が5本上映される。95年公開の「Love Letter」から、今年公開された「リップヴァンウィンクルの花嫁」まで。20年以上の時を経て、あらためて岩井監督の映像世界が全く色あせないことに、驚かされる。
「それについては、僕らの世代のクリエーターは、運のいい時代を生きていると思いますね。僕らが幼少期に体験していた時代感覚と、90年代以降は全然違うから。僕は、“時代”というのは、死んだ時間、殺してしまった時間だと思う。たとえば、60年代という時代を70年代は殺したし、70年代という時代を80年代は殺した。90年代は80年代を殺しながら、60年代や70年代を復活させた。復活したというよりも、60~70年代が90年代の文化にマッチして生き延びたっていうことかもしれないけれど。いずれにせよ、90年代以降って、時代に優しいというか、前の時代を殺して先に進むことをしていなくて、それがずっと続いている。だから我々も、殺されずに、ここまできている。もし、殺された時代の映画だったら、どのショットを見ても、どの音を聞いても、“古い”と感じるだろうし。それがないというのは、ラッキーだったな、と」