世の中には、「口から先に生まれたのではないか」と言われるように、話が上手な人がいらっしゃいます。でも、よく見ていると、そんな人の多くは、口ではうまいことを言っていても、本当には分かっていない、その場で自分の立場を格好良く見せるために、あるいはその場を取り繕うために、言葉でごまかしてしまっている……ということが、あからさまに分かる場面が少なくありません。
孔子は、「巧言令色、鮮し仁」、つまり「その場だけの巧みな言葉を用い、表情を取り繕って発言をする人には、真実の愛情が少ない」とも言っています。
相談者さんのお嬢さんは、授業や教科書の中身そのものはきちんと理解できている。ならば、授業中に手を挙げて発表できないことを、卑下したりする必要はないでしょう。
ただもし、お嬢さんが「少人数での自己紹介でさえ縮こまってしまう」という自分を変えたいと思っているとしたら、「音読」から始めて、おうちで声を出す練習をさせてみてはいかがでしょうか。
人前で話すことが苦手な人は、往々にして、「自分の声をどうコントロールしていいのか」を知らない人が少なくありません。教科書でも、物語でも、漫画でもいいので、毎日音読をしてみることをおすすめします。声を高くしたり、低くしてみたり、長くゆっくり読んだりしてみて、自分の声の性質を発見していくと、声を出すのが苦でなくなってくるでしょう。
実は、孔子は、「詩を学べ」と何度も「論語」のなかで、弟子たちに伝えています。また、自分の子どもに対しても「お前は、詩を学んだか?」と聞いています。孔子がいう「詩」とは、季節を感じる言葉、目上の人との話の仕方、冠婚葬祭の時の挨拶まで、人が一通り知っておくべき言葉が記されている書物のことです。
彼らは、声を出して「詩」を学び、暗唱したのです。
自己紹介でも、授業中の発表の場でも、他の人と違った意見や、「あの人は頭がいいなぁ」と思われるような発言なんてする必要などありません。父親である相談者さんは、「みんなが分かるような普通の言葉で、分かりやすく話すことが大切なのだ」と、お嬢さんに教えてあげてください。そのためには、漫画、小説など好きな本を、ぜひ「音読」してみるといいと思います。そして「こんな時には、こんな言い方をするのか」と思って覚えておくと、何か発表するときにも、そうした言葉を使うことができるようになりますよ。
「音読」は、孔子の時代から教えられてきた、「自分を表現」するための基本の勉強法なのです。よかったら、お嬢さんと一緒に、相談者さんも音読してください。音読は、誤嚥性肺炎の予防になるとも言われています!
【まとめ】
弁才などを持つとかえって人から憎まれる。わかりやすい言葉で話せるように、親子で「音読」を始めてみては
山口謠司(やまぐち・ようじ)/中国文献学者。大東文化大学教授。1963年、長崎県生まれ。同大学大学院、英ケンブリッジ大学東洋学部共同研究員などを経て、現職。NHK番組「チコちゃんに叱られる!」やラジオ番組での簡潔かつユーモラスな解説が人気を集める。2017年、著書『日本語を作った男 上田万年とその時代』で第29回和辻哲郎文化賞受賞。著書や監修に『ステップアップ 0歳音読』(さくら舎)『眠れなくなるほど面白い 図解論語』(日本文芸社)など多数。母親向けの論語講座も。フランス人の妻と、大学生の息子の3人家族。